
2015年、手塚治虫が1973年に生み出した漫画『ブラック・ジャック』をもとに、テレビアニメ『ヤング ブラック・ジャック』が放送された。社会風刺を基調としていた原作とは打って変わって、本作ではブラック・ジャックが「聖母」のように描かれる。伝統的な医学史観をそのまま絵にしたような人物である。物語が描くのは、皮膚移植手術で命を取り留めた彼が、医師として身を立てるまでの道のりで病を治し、人を救う奇跡の数々だ。医師への敬意を込めた語り、専門用語で語られる病気、医師の倫理と人を慈しむ心、奇跡のような救命の技……。作品は古典的な英雄像を打ち立てることで、人々を奮い立たせ、知識を広めるという文化的な役割を果たしている。
医学が科学として成立して以降の作品を見渡すと、少なくとも三つの伝統が見えてくる。一つは、医学の内側に視点を置く書き手たちが、その発展を人々の救済の物語として語るものだ。そこでは医師が具体的な「人」として登場する。現実のどうにもならなさを際立たせる作品であれ、医師の功績をたたえる作品であれ、物語の軸となるのは医師の感情と意志である。『ヤング ブラック・ジャック』と同じ系統には『JIN―仁―』『医龍』もある。一方、『ブラックジャックによろしく』では、社会的資源や倫理上の制約を前にした斉藤の無力感が、より強く描かれている。とはいえ、どちらも主人公は、独立した人格をもつ医師である。

二つ目は、病のなかにいる人間を中心に据えた人間性の探究である。たとえば『屍鬼』がそうだ。

『屍鬼』のあらすじ:
外場村ではある日を境に、原因不明の病で大勢の人が突然死に始める。死んだ人々は「屍鬼」となり、人の血を吸って生きる。清水恵、夏野……。人間から「屍鬼」になった者たちと、まだ生き残っている人間たちは、それぞれの信念に従って村で行動する。物語の結末では、医師の敏夫が生き残った人間たちを率いて村を去る。

こうした作品には、似た物語の型がある。カミュの『ペスト』やソルジェニーツィンの『ガン病棟』を振り返れば、両作に共通する型は、『屍鬼』の原作小説にも、それをもとにしたアニメにも当てはまる。その要素は次の三つだ。①閉ざされた社会と大量の感染者。②生と死をめぐる問いと、類型化された人間。③語り手であり、救済者でもある医師。
カミュの『ペスト』は北アフリカの都市オランを物語の中心に据え、閻連科の『丁庄の夢』では「丁庄」で熱病が広がる。『屍鬼』もまた、村を病の広がる主な舞台とする。これらの土地は外の世界から完全に隔絶されているわけではないが、いずれも半ば閉ざされている。その性質が、一つの土地に患者をあふれさせ、患者の密度を高めるための十分な条件となっている。たしかに、感染症ならば患者が特定の地域に集中するのは当然だともいえる。だが、ソルジェニーツィンの『ガン病棟』や、結核病院を舞台にしたトーマス・マンの『魔の山』を見ると、不治の病にかかった人々を限られた土地に集めるのは、書き手があえて選んだ方法である可能性が高い。そして「精神病院」を舞台にすることも、医学が社会化して以来、すでに一つの伝統となっている。この方法によってこそ、本来はあちこちに散らばり、価値観も生活背景も異なる人々を、さまざまな「典型」として同じ時空に置くことができるのだ。
『ペスト』が当時のフランス社会を映していることをほのめかすように、カミュはこう書く。「だが、ペストとはいったい何なのか。生きるということ、それだけだ。」1 もう一つの読み方をすれば、不治の病に覆われた都市とは、類型化された人間を高い密度で集めることで成り立つ、社会の隠喩にほかならない。

鳥のくちばしの仮面をつけた医師の伝統的な姿が物語るように、大量の死を避けられない状況では、身体を治すことはすでに二の次となる。薬による治療や対処の方策は、これらの作品の主な関心ではない。むしろ作者は「人」へと目を向ける。大勢を襲う不治の病と死生学は切り離せない。平時には、死はいずれ必ず訪れるものでありながら、まだ潜んでいる可能性にすぎない。いつ訪れるか予測できないからこそ、考えずにいられる。だが、不治の病を前にしては、死を脇に置くわけにはいかない。しかも、限られた土地で、きわめて多くの命を奪う「病」や未知への恐怖が最後にもたらすのは、個人の肉体や精神が消えてなくなるだけの死ではない。「人」という概念そのものが跡形もなく消え去る、絶対的な死なのだ。
不治の病は引き金にすぎず、本質にあるのは生と死の問題であり、人生の選択である。作者は意識して患者たちを同じ時空に集め、異なる価値観に基づく選択をそれぞれに体現させる。こうした類型化された人間たちのなかにも、ある普遍的な「人間性」があるのかもしれない。そこに示されるのは作者自身の価値観か、そうでなければ、見る者に自由な選択を委ねるための「人間の複雑さ」なのだろう。
『屍鬼』がこうした伝統的な作品と異なるのは、死んだ者もまた選択を迫られ、生き残った者たちがその後も生きていくための代価を払わなければならない点だ。生と死をめぐる議論に、人間という種への問いがもう一つ重ねられている。清水恵に代表される者たちは、愛や善への希求と利己心とが入り交じった存在である。命には限りがあるという動かしがたい事実を前にすれば、社会的な責任を引き受ける者も、今を楽しもうとする者も、「執着」という点でも、「俗世の情を断ち尽くす」という点でも、本来違いはない。胸を打つのは、彼らの虚しい執着と、不条理な結末なのだ。

@Cochlea
感染症が大流行し、戦争が起きていた時代、もはや治療の手を施せない医師にできることは、感染を防ぐために「鳥のくちばし」をつけ、積み重なった死体のなかにまだ生きている人を探すことだけだった。
だが、こうした作品を見渡すと、ほかの人物たちとは異なる集団が見えてくる。医師たちだ。『屍鬼』の敏夫は、ほかの作品に登場する医師と同じく、英雄の役を担っている。彼らはいつも長く生き延び、まるで病気を寄せつけない絶縁体のようだ。殲滅戦の従軍記者として姿を現し、当然のように決定権を握り、検死官を務める。
「感染症」の流行に際して、初期に重要なのは情報の公開だ。病気に名をつけ、情報を公開することは、治療法や病の由来を明らかにすることだけを意味しない。治療法も見つからず、病の由来も突き止められない可能性がきわめて高いからだ。より重要なのは、公開する側の想像力である。その後、人々がどんな感情を抱き、どう行動するのかを、十分に意識していなければならない。そして、この重要な任務はいつも医師の肩にかかる。
『屍鬼』の特異な点は、敏夫という人物に、「医師」という役割にそぐわない、非情なまでの決意と冷たさを与えたことにある。妻を使った実験、屍鬼を包囲して討つこと……(中世の解剖の伝統とは異なり、敏夫の実験には宗教的な感情がまったくない)。もう一つの種族が台頭するなか、敏夫の「守る」という行為は、共感する力を欠いた善である。それでも物語の結末では、「生存」そのものが、その行為のある種の正当性を示している。『屍鬼』の物語で、最も屍鬼になりえないのは敏夫だ。感染症を描く物語では、医師は検死官にとどまり、ほかの人々とともには死なないのと同じである。死も変身も、因と縁が重なって偶然生じる結果ではない。誰もが屍鬼になりうる。だが敏夫だけは、なってはならない。
この伝統を打ち破るとき、韓松は問う。医師は、どう死ぬのか。ここを出発点とする三つ目の伝統では、医学の内側からの見方を離れ、人間の営みを広く見渡す視点へと転換が進む。社会全体のなかに置かれた「医師」の姿が、改めて問い直されるのだ。韓松の『医院』(邦題『無限病院』)から、こんなやり取りを引こう。
「メビウスの輪か?」と私はつぶやいた。
「DNAの二重らせん構造も知らないのか?」
私が深く心を動かされたやり取りだ。無限のメビウスの輪がDNAの二重らせん構造に席を譲り、神話的な想像力が医療パンクの前に退く。現代社会の「無限性」とは、いったい何を意味するのだろう。『医院』はユーモラスな筆致で、医療化と脱医療化、医学の宗教性、医学の社会的な成り立ちといった、さまざまな話題を描き出す。医師について語るときには、「人身は受け難く、仏法は聞き難い」という言葉で、伝統的な見方のなかにいる医師をからかっている。
「現代の仏教学説には、『医術は仁術である』ということについて、詳しい専門的な議論がある。もっとも、孤行の考えでは、医学によって病をなくし、さらには寿命を延ばすことと、成仏することは別の話だ。とはいえ、成仏しようとするなら、健康でいることが何よりの基本になる。……楊君、命を託すってどういうことか、わかるかね? 医術で世の人々を救うとはどういうことか、わかるかね? 医は仁術という言葉を聞いたことがあるかね? 要するに医者とは、メスを握った、大慈大悲の生きた菩薩なのだよ。医者が謝礼の金包みをいくつか受け取るのも、わからない話じゃない。寺へ行って仏像の前に紙幣をばらまく人々を、見たことがないかね?」
不死の医師像は、伝統という一方の極から、未来というもう一方の極へと向かっていく。その未来にいるのは、機械化され、型どおりにしか動かない医師だけだ。伝統的な医師像では、死は作品の制作目的からして許されない。一方、未来の医師像では、その死を一般の人々が想像すること自体が難しい。患者を見て、音やにおいを確かめ、話を聞き、身体に触れる――そうした望診・聞診・問診・切診とは無縁になり、医師の脱人格化が進む。そこに煩雑な官僚的手続きも重なり、受診はますます不安をかき立てるものになる。ついには「一人で病院へ診察を受けに行くこと」が、「最も孤独なことトップ10」の首位を占めるほどだ。(残念ながら、筆者の拙い日本語と、ひどく限られた読書量のせいで、この系統の漫画・アニメ作品には、まだ触れられていない。)
私はこの三つの伝統を、進化の過程として語っているのではない。むしろ疑問を述べたいのだ。プロレタリア化され、脱人格化された医師たちを解剖することは、医学史の叙述とそれに関わる作品が発展するうえで、必ず通らなければならない道となったのだろうか。
たとえば、2018年7月。「信仰」をチャージしようとする医学生や医療従事者が、科学の知識を求める一般の人々と一緒に、スマートフォンを手に、あるいはパソコンの前に座って『はたらく細胞』を見ていた。そのことは、何かを物語ってはいないだろうか。感情をもつ存在として、体内ではたらく細胞に人格を与えることは、コミュニケーションの可能性を開く。作品のなかの人物同士にも、見る者と登場人物との間にもだ。ただ知識を注ぎ込むだけでは、また、脱構築を進めるだけでは、その機会は生まれない。
現実を反映した医師像を描くことは、たしかに急務である。だがそれは、多くの人が医療に寄せる心情的な期待を退けることでもある。私たちには、奇跡を起こし、気高い精神を備えた医学の英雄像が、やはり必要なのだ。医学の内側へ目を向けることは、少なくとも医学そのものを温もりのあるものにし、歴史の皮肉にも、ほんの少しは応えられるのかもしれない。ここで引きたいのは、伝統的な医学史観と現代の医学史観を評した医学史家バーナムの言葉だ。「一方の歴史が、必ず他方より優れているということではない。ただ、それぞれが過去を見る異なる角度を示しているということだ。」 それとも、二つの医学史の外に、「もう一頭の虎」を探すのだろうか。


Suetonius:
古代の人々はまだ事実と規範を区別しておらず、道徳への関心と自然の探究は切り離せないものだった。そして倫理的な意味が科学から追い出されると、自然科学はかつてない成功を収めた。
だが、臨床医学とほかの自然科学との間には微妙な違いがある。ほかの自然科学が普遍的な必然性の追求から生まれたのに対し、臨床医学はその追求を否定しないものの、人間の有限性からも生まれている。だからこそ、患者への心配りを臨床の仕事から排除することはできないし、まして排除すべきでもない。今日の臨床に携わる人々は、すでにそのことに気づいている。それでも、中国国内で医師と患者の関係を築いていく道のりは、なお長く、その課題は重い。