編者注。
このインタビューは清華大学・双清書咖で行われた。当時、張金牛氏も同席し、全過程を聞いており、末尾には文章を寄せてくださった。本文の内容や、そこで提起される疑問については、実際には慕唯仁氏の他の論考でより詳しく論じられている。今回の配信は、むしろ全体を見渡すような視角を提供し、そこから「竹内好をずらして読む」ことを目的としている。

撮影:張金牛。
一、脱地方化の竹内好
付石: お忙しいところ時間を割いてインタビューをお受けくださり、ありがとうございます。この企画については以前、簡単にご説明しました――中国・日本の学界の外部にいる多くの研究者の文章を取り上げ、あなた方が竹内好、とりわけ竹内が書いた中国をどのように読んでいるかを示すものです。酒井直樹、リチャード・F・カリッチマン(Richard F. Calichman)、ジョン・D・ソロモン(Jon D. Solomon)、クリスティアン・ウール(Christian Uhl)、そして先生です。私たちはこの企画を「ずらされた竹内好」(Displacing Takeuchi Yoshimi)と名づけました。当初は「西洋における竹内好」でしたが、後に改めました。この特集の全員が、いわゆる「西洋」と、そこに基づく学問規範に対して強い批判意識を持っているからです。ある意味では、竹内好を自らの研究対象に選ぶこと自体が、普遍的な学問伝統への批判的姿勢を示している。しかし私たちは、あなた方の研究に異質性があるという事実に向き合わざるをえない。その異質さは、多くの場合、あなた方がそれぞれの学問伝統の「間」で竹内好を考え、異文化間の交流、越境性、翻訳、ポストコロニアルな過程のなかで竹内好をずらしていることから生まれています。まずお尋ねしたいのは、そのようなずらしがどのように形成されたのか。何が、そうした竹内好を選ばせたのでしょうか。

ニューヨーク市立大学教授、コロンビア大学東アジア研究所上級研究員。コーネル大学博士課程修了(在学中は酒井直樹に師事)。研究領域は日本近現代思想史、日本近代文学、文学批評、ポストコロニアル理論、映画研究、時間哲学など。著書に『アイデンティティ以前――日本研究の方法の問題』(Before Identity: The Question of Method in Japan Studies, 2021)、『国家を越えて――安部公房の作品における時間・書くこと・共同体』(Beyond Nation: Time, Writing, and Community in the Work of Abe Kōbō, 2016)、『死の到来――東アジアにおける死すべきものの痕跡』(The Coming Death: Traces of Mortality Across East Asia, 2022)、『竹内好――西洋をずらす』(Takeuchi Yoshimi: Displacing The West, 2004)など。安部公房と竹内好の著作も数篇翻訳している。

1984年ブラウン大学卒、1997年コーネル大学で現代中国文学博士号取得。フランス・リヨン第三大学中国語学科終身教授、パリ第十大学・学際的多言語研究センター研究員。主な研究領域は主権と生政治、ナショナリズムとグローバル化、ポストコロニアリズム、人種主義、近代中国文学など。
慕唯仁: 中心にあるのは、異なる学問分野と竹内好との関係です。ずらしは学問分野の違いと関係しているのでしょう。西洋、とくにアメリカで最初に竹内好を体系的に研究したのは、たぶんカリッチマンです。彼の研究が面白いのは、東アジア研究に属しながら、実際には哲学、とりわけ大陸哲学、なかでもデリダを研究している点です。だから彼の竹内好にはデリダの色彩が濃い。師である酒井直樹との関係もあります。

ハイデルベルク大学で哲学博士(最優等)。博士論文は2003年にヤーデ賞を受賞。2007年からゲント大学日本学教授、現在は正教授。フランクフルト、ハイデルベルク、ライデン、ゲントの各大学で哲学、思想史、政治思想史、日本文学史、中日通史、方法論、理論研究、近現代日本語、古典日本語、古漢語、漢文訓読など幅広い講義を担当してきた。さらに専門性の高い講義や演習も開いてきた。歴史唯物論の視角から中日両国の哲学・思想史を研究し、知の体系の画期的変化とその政治経済的基盤、変化をもたらした歴史条件を主な対象とする。東アジア研究の枠を越えた普遍的な理論問題にも論考を発表している。
ウールも東アジア研究に属しますが、博士号はハイデルベルクで取得し、博士論文は竹内好の魯迅論でした。指導教員のヴォルフガング・ザイフェルト(Wolfgang Seifert)も竹内好を研究していた。彼らの伝統には哲学も含まれますが、より文献学的です。したがって彼は、竹内好の思想的資源がどこから来たのかを主に見ており、京都学派に注目する。

1975年フランクフルト大学で哲学博士号取得後、ハイデルベルク大学で日本研究教授。現代日本の政治・思想史・政治史、哲学、社会学を研究。著書に『戦後日本のナショナリズム――民族的ナショナリストのイデオロギー研究』(Nationalismus im Nachkriegs-Japan. Ein Beitrag zur Ideologie der völkischen Nationalisten)など。
中国について語るなら、孫歌を挙げなければならない。重要な研究者です。もともとは中国語学科出身ですが、先ほどの二人(カリッチマンとウール)とは方法が異なり、竹内好を思想史の視点から、つまり彼の思想を歴史の脈絡に置いて扱う。彼女とカリッチマンには共通点もある。どちらもポストモダン理論に関心を持つ。ただし孫歌は歴史の脈絡から展開する。

慕唯仁、張春田・任致均ほか訳、華東師範大学出版社、2018年。
私の背景はこの人たちとは少し違うので、切り口も異なります。最初はハワイ大学で比較哲学を学び、中国と西洋を主に扱いましたが、京都学派にも触れ、その後に歴史学科へ移った。哲学科にいたころは、竹内好が誰かも知りませんでした。日本で章炳麟を研究しているときに初めて知ったのです。当時、章炳麟を研究していて、日本の章炳麟研究に強い印象を受けた。それで、なぜこの人たちは章炳麟をそのように捉えるのか、その反近代的な読みはどこから来るのか、と考えた。そうして次第に竹内好へ遡っていった。こうした研究者は皆、竹内好の影響を受けていると思う。西順蔵もそうです――もちろん彼は竹内好と同世代かもしれませんが、西の弟子である近藤邦康が、実際に竹内好の影響を受けていたと私に話してくれた。そこから、反近代的な章炳麟という捉え方が浮かび上がってきた。

西順蔵(1914~84)は中国思想史家。1938年から文部省国民精神文化研究所助手、1942年に京城帝国大学文学部助教授。1944年、京城で二等兵として大日本帝国陸軍第49師団歩兵第106連隊に編入され、3か月服役した。1946年、第二次世界大戦終結に伴い京城帝国大学が廃止され退職。日本へ戻り、同年東京産業大学(現・一橋大学)予科教授。1958年同学部教授、1966年一橋大学第6代社会学部長。戦後昭和期の近現代中国思想史研究の開拓者の一人で、選集『原典中国近代思想史』(旧版全6巻、岩波書店)の編纂を一人で担当したことで知られる。在日アジア人への差別など社会問題にも関心を持ち、反差別市民運動に積極的に参加した。著書に『満州国の宗教問題』『中国思想論集』『日本と朝鮮の間――京城生活の断片、その他』。

北海道大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を歴任。1995年定年退職、東京大学名誉教授。退職後は大東文化大学法学部政治学科教授、2006年退職。日本現代中国学会理事長、中国社会文化学会理事などを務めた。中国近現代思想史、中国政治、毛沢東思想を主に研究。著書に『毛沢東――実践と思想』『中国近代思想史研究』『辛亥革命――思想の形成』など。
だから私は、反近代的な章炳麟の背後には反近代的な魯迅がいて、その反近代的な魯迅が竹内好と関係している、と考えた。この角度から竹内好に関心を持ち始めたのです。ただ、私の背景は彼らと同じではない。哲学科出身で、後に歴史学科へ進み、哲学科にいたころマルクス主義に興味を持った。だから竹内好研究には、カリッチマンや孫歌と比べて、よりマルクス主義的な色彩がある。マルクス主義研究とヘーゲルにとくに注目しているため、私の竹内好研究はヘーゲル=マルクス寄りになり、注目するテクストや観念も異なってくる。
おそらく鍵はここです。一例を挙げるなら、『汎アジア主義と中国革命の遺産』(Pan-Asianism and the Legacy of the Chinese Revolution)で、私は時間の問題を提起しました。竹内好の「無限の瞬間」――日本語の表記で、中国語では「无限的瞬间」とされる語です。ここでは「瞬間」そのものが無限なのだと思う。だからハイデガーなどともつながりうる。これはカリッチマンの訳とはまったく異なる。彼はこの語を innumerable instances と訳し、中国語訳も「無数の瞬間」としている。しかし「無数」とは、各瞬間が同じで、その数が無数にあるということです。私の考えでは、瞬間そのものが「無限」なのだ。それは革命の瞬間、あるいは政治の瞬間、行為の瞬間です。(注:以下は孫歌による中国語訳を日本語にしたもの。「歴史は空虚な時間形式ではない。自己を確立するために死闘する無数の瞬間がなければ、自己だけでなく歴史も失われる。」竹内好『近代の超克』。)

Viren Murthy, The University of Chicago Press, 2023.
これが一例です。だから背景と学問分野は非常に重要だと思う。しかし竹内好の面白いところは、どの学問分野も彼を完全には捉えられないことです。学際的な視野で研究する必要がある。
付: つまり竹内好は本質的に、ずっと示してきたような、ずらされた状態にあるということですね。
慕: そうです。彼自身がそう考えていたのだと思う。文学、あるいは文学批評をしていると言える一方で、哲学とも関係し、「時間」などについて論じる。しかし同時に、自分は哲学をしているのではない、と繰り返し注意する。いつもその中間にいる。魯迅のいう「歴史の中間物」のような状態です。実際、そういうところがある。
付: 先ほど、各研究者との違い、とりわけカリッチマンとの違いに触れられました。カリッチマンは、西洋における竹内好研究の先駆者であるだけでなく、竹内好の翻訳者でもある――もちろんウールもそうですが――という点で、特に注目すべきだと思います。カリッチマンと酒井直樹の哲学的アプローチのつながりに触れられましたが、酒井の弟子であるカリッチマンは、酒井の見解を理論化の極端へ押し進めたように見える。今回取り上げた酒井の文章から『「このアジア人ども」――西洋とアジアという二項対立の歴史的役割について』(“You Asians:” On the Historical Role of the West and Asia Binary)に至るまで、酒井はこう強調します。竹内好はポストコロニアルな反省とヨーロッパ中心主義への抵抗へ至る契機を与えてくれるが、彼は丸山眞男と同じく、ヘーゲル的な歴史主義の論理を共有している――もちろん竹内は西田幾多郎に近いかもしれない――そして竹内が近代主義を批判できたのは、彼自身が深い近代主義者だったからだ、と。酒井が強調するのは「竹内好から出発する」ことですが、カリッチマンは竹内好を完全にデリダ化した。

コーネル大学比較文学科・アジア研究科で教鞭をとり、同大学歴史学大学院課程にも所属した。多言語で研究成果を発表し、比較文学、思想史、翻訳研究、人種主義・ナショナリズム研究、言語・書記・身体表現・書道体系・音声記録の伝統など記号体系と多元的文学形態史を研究。多言語叢書『トレース』を創刊し、韓国語・中国語・英語・日本語(2008年からドイツ語・イタリア語・スペイン語も追加)を用い、編集部をコーネル大学に置いた。1996~2004年には創刊上級編集主幹。『トレース』以外にも、『ポジションズ――東アジア文化批判』(米国)、『ポストコロニアル研究』(オーストラリア)、『淡江評論』(台湾)、『国際思想史事典』(英国・ドイツ)、『日本近代文化史』(日本)、『視角』(韓国)、『多元』(フランス)の編集委員を務めた。著書に『過去の声――18世紀日本の言説における言語の地位』(Voices of the Past)、『死産される日本語・日本人――「日本」の歴史‐地政的配置』、『日本思想という問題――翻訳と主体』(Translation and Subjectivity: On Japan and Cultural Nationalism)など。

酒井直樹、講談社、2015年。
ここで特に興味深いのは、理論的問題、とくに歴史研究における理論への思考です。カリッチマンは理論に寄りすぎた仕事をしているのかもしれない。しかし彼自身はそこにある種の抵抗を抱いている。『アイデンティティ以前』(Before Identity: The Question of Method in Japan Studies)の結末で、博士論文を終えた直後の就職面接で、あるアジア研究者から「こうした多種多様な理論的主張は、原典を読む妨げになるだけだとは思わないのか」と問われたことを紹介している。彼は、理論が行うことは原典をもう一度考え直す助けになる、と応答する。彼にとって、媒介されないテクストなど存在せず、それを無視することこそ西洋の日本研究学界の傲慢なのだ。
カリッチマンの竹内好訳にも、この抵抗の立場が現れている。先ほどの箇所以外にも、竹内の「観想の場」を place of theoretical contemplation、「行為の場」を place of action と訳している。しかし十数年前の訳書 What is Modernity?: Writings of Takeuchi Yoshimi では、「観想」は site of contemplation で、theoretical は付いていなかった。今回の選文で彼は、「観想の場」と「行為の場」の対立は、竹内好において理論と実践の対立だとはっきり述べている。だが実際には、これは日本語の感覚では捉えにくい対立です。たとえ「観照」が、もともと西周による theōria の翻訳だったとしても。

Richard F. Calichman, State University of New York Press, 2021.

Richard F. Calichman, Columbia University Press, 2005.
中国語圏の研究者、とくに歴史研究者の多くからすれば、あなたの言葉も哲学化・理論化されすぎているかもしれません。しかし先に述べたように、これは理論そのものへの反省を示しているとも言える。そして、理論と西洋、普遍性と特殊性との共謀関係、その共謀がどのように普遍的な覇権形態を構築するのかを考えさせる。カリッチマンは竹内好と理論/実践を通じてこれを批判し、竹内好自身も「抵抗」していた。それは伝統的漢学への批判からも見て取れる。この文脈で、竹内好の抵抗はどんな役割を担うとお考えですか。
慕: 理論をどう考えるかはもちろん大きな問題です。先ほど理論と哲学について話しましたが、ここが私とカリッチマンの違いかもしれない。彼も哲学が大好きですが、基本的な前提はデリダです。あなたの言うように、彼が批判するのは実証主義です。アメリカの日本研究では、テクストはそこにあり、理論はない、と考える。ここは私もカリッチマンと基本的に同じです。理論は不可避だと思う。私が意識的に理論を使わなかったからといって、理論がなくなるわけではない。どんなテクストを読むにも前提がある。理論がなければ、その前提を無批判に用いることになる。
次は少し抽象的です。ヘーゲルとデリダの違いにかかわる。前提が必ずあるなら、私たちにできるのは前提を認め、それを選ぶことだけだ――カリッチマンはそこでデリダの前提を選ぶ。しかし、その前提には、デリダの前提が他の前提より優れているという、もう一つの前提がある。ここでヘーゲルの問題が現れる。ある前提が他より優れていると、どう証明するのか。ヘーゲルの『論理学』全体がこの問題を解決しようとしている。前提をどう整理するか。論理学は媒介と自己媒介の問題を論じる。ヘーゲルは最も基本的なカテゴリー、すなわち Sein から始めるべきだと考えた。中国語では「有/在」と訳されることも、「存在」と置き換えられることもあるが、「存在」はむしろ Existenz に近い。『論理学』は最も単純で、無規定なカテゴリーから始まり、そこを基礎に他のカテゴリーを演繹する。たとえば在/有から定在(Dasein)を演繹する。これこそ真に批判的な理論だと思います。
この立場は竹内好とどう関係するのか。竹内好はヘーゲル的な意味での哲学者ではなく、むしろ歴史に参与することを望んだ人です。しかし私たちは、どのカテゴリーを使って竹内好を語るのか。この問題は歴史をどう見るかを考える助けになる。竹内好の歴史、日本の歴史をどう見るかは、歴史そのものをどう見るかという大きな問題と関係し、存在、目的、生命、人生といった基本カテゴリーをどう考えるかにもつながる。私とカリッチマンの重要な違いはここかもしれない。
酒井直樹の問題に戻ると、彼は竹内好が実際にはヘーゲル的すぎると考える。私は逆で、竹内好はヘーゲルが足りないと思う。完全な歴史論理も、基本的な論理学も持っていないからです。「無限の瞬間」に戻るなら、竹内好は無限の瞬間を行為の瞬間だと考える。しかし行為の目的は何か。これは言いにくい。歴史の観点から解釈して、革命とも解放とも言えるが、竹内好はそれを理論化していない。ただ暗示している。毛沢東論と結びつけることもできるでしょう。私は竹内好をよりヘーゲル化し、革命化しているのかもしれない。同じ現象を、時間性の解釈は異なるが、カリッチマンはポストモダン化する。酒井もアジアを論じるが、竹内好はヘーゲル的すぎ、アジア主義を支持しすぎると考える。アジアを支持することとヨーロッパ中心主義を支持することは表裏一体だ、と。ここが私たち三人の違いです。
カリッチマンは、竹内好はデリダが足りない、と言うかもしれない。私は竹内好をデリダ化することもできる。私は少し竹内好をヘーゲル化している。彼の内在的前提にはヘーゲル的思考があると思うからです。酒井は、そうすると竹内好は目的論的すぎると考えるかもしれない。しかし、ここには「アジア」の問題がある。私は一冊を通じて繰り返しこのことを言っている。ここが彼らとの主な違いでもある。二人とも、アジアと西洋の区別があれば、すでに本質主義と悪いアイデンティティ・ポリティクスに陥っていると考える。だが帝国主義の視野では、民族国家のアイデンティティを完全に捨てることはできない。ナショナリズムさえ放棄できない。著書では竹内好と梅棹忠夫の対話にも触れた――先日、南開大学でも話しました――ここでいう「アジア」は単純な文化概念でも地理概念でもなく、反帝国主義の概念です。つまり、どこであれ帝国主義に反対する場所はアジアである。だから彼はキューバもアジアに入ると言う。この観点からすれば、竹内好はアジアを止揚し、アジアは第三世界になる。酒井とカリッチマンは第三世界運動にさほど関心がなく、第三世界のマルクス主義者にも関心がない。だから可能性全体を捨てて批判する。結論は、竹内好はポストモダンが足りない、で終わってしまう。
付: 多くの違いを挙げられましたが、南開大学では、カリッチマンやウール氏の議論を参照し、中国・日本の多くの研究者、たとえば孫歌、汪暉、西順蔵、溝口雄三らの見解も援用したと話されていました――もちろんカリッチマンにはこの点があまり現れず、竹内好でも安部公房でも、具体的な見解をほとんど引用せずに議論を展開します。私が興味を持ったのは、孫歌と溝口雄三による竹内の中国への言及で、先生の関心の一つでもあります。溝口も孫歌も、竹内好が中国像を創作したことを批判してきました。溝口によれば、竹内好の「中国」はなお「中国なき中国学」であり、津田左右吉の知の枠内を回っている。溝口にとって、竹内の「中国」肯定は非歴史的で、中国についての認識は一種の「憧憬」にすぎない。孫歌も、竹内好は「評論的色彩が濃く、中国を理想化しすぎている」と考える(『竹内好という問い』)。こうした批判は広く見られます。しかし私には、竹内はこの点を深く自覚していたように思える。『近代とは何か(日本と中国の場合)』で、彼は記憶によれば次のように言っていたはずです(以下は記事中の中国語引用を日本語にしたもの)。「異質な対象に遭遇してこそ、自己は確立される。ヨーロッパの東洋への憧憬は古くからあった(というより、ヨーロッパ自身がもともと混沌とした存在なのだ)が、この侵入という形の動向が現れたのは近代以後である。」ここで「憧憬」は「古くからあった」。しかしそれが問題になるのは近代以後です。むしろ、本来的な客体と異質な他者への欲望こそ、近代資本主義の歴史的暴力の現れではないでしょうか。

孫歌、鈴木将久・清水賢一郎・佐藤賢訳、岩波書店、2026年。
竹内好は「中国」の不可避的な虚構性を明確に認識していたと思う。その信念は、中国文学研究会を創設したときから彼らが主張していた。吉川幸次郎との翻訳論争で、竹内はこう述べたとされる(以下は記事中の中国語引用を日本語にしたもの)。「私にとって支那文学を支那文学にするのは私自身だ。吉川にとっては、支那文学に限りなく近づくことが学問の態度なのだ。」「中国」は自己の生と関わるときにだけ意味を持つ。竹内にとって最も切実なのは、まず自分の生き方だった。これらの竹内好批判をどう考えますか。あるいは、竹内の中国をどう捉えますか。
慕: 溝口雄三と孫歌による竹内好批判は非常に重要です。とくに溝口の「中国なき中国学」。彼が言っているのは、中国がここで一枚の鏡になっているということです。日本の漢学者が見ているのは「中国」ではない。西順蔵も批判している。漢学者たちの「中国」は本当の中国ではなく、彼らが想像した中国、抵抗の中国にすぎない。この批判は完全に間違いとは言えません。
竹内好は中国革命の経験全体の一側面を捉えた。先ほどあなたが言ったように、ヨーロッパの侵入によってグローバル資本主義が中国に入り、中国が抵抗を始めたとき、初めて主体性を持った。溝口の問題は、侵入される前はどうだったのかということです。侵入以前を把握しなければ、侵入されたとき、なぜそのように反応したのかを説明できない。外国思想を受け入れるとき、なぜそれをそのように解釈したのかも。だから両者を結びつけなければならない。溝口雄三と竹内好は完全に対立しているとは思わないし、溝口自身も竹内好から大きな影響を受けたことを否定しないでしょう。
『方法としてのアジア』で、竹内好は最後に「巻き返す」と言う。文化における巻き返しについて、こう述べる。「私たちが巻き返すとき、私たち自身のうちに独自なものがなければならない。それが何かと問えば、あるいは実体ではないかもしれない。しかしそれは方法として存在しうる。」溝口雄三からすると、少し空疎に聞こえる。私はこの一節が面白い。ヘーゲルの実体と主体の議論を思い出させるからです。竹内好はここで、必要なのは「実体」ではなく「主体」だと言っている。
だがヘーゲルはまさにこの対立を壊そうとした。実体は不変のものではなく、不断に変化するものだと。そう考えれば溝口雄三も理解できる。溝口のいう中国文化、中国思想そのものが不断に変化し、その変化には論理がある。その論理は20世紀の革命と密接に関係する。だから『中国前近代思想の屈折と展開』では明清期の重要な転換を語り、黄宗羲、顧炎武、朱熹のような宋明理学者には主体形成が含意されている。主体形成は実体、つまり歴史条件と共同体の変化のなかに置いて初めて、「抵抗」を理解できる。竹内好と溝口雄三を結びつけてこそ、中国革命を理解できると思います。

溝口雄三著、龔穎訳、三聯書店、2011年。
付: 主体性の形成を実体の変化のなかに置くというのは、「存在」(being)と「生成」(becoming)と考えられるでしょうか。
慕: そうです。実体(substance)と主体(subject)について、ヘーゲルは『精神現象学』で「真なるもの、すなわち真理を、実体として理解し表現するだけでなく、同時に主体としても理解し表現しなければならない」と言っている。ヘーゲル自身は主体に重点を置いた。人が見ている事柄は現実的だが、実体には歴史や共同体なども含まれる。主体と実体は切り離せず、主体は空虚なものではなく、歴史の領域でつねに作動し、内在的な論理を持つ。溝口雄三は中国の歴史と思想史のなかでその論理を捉え、論理がどう変化するかを観察した。それが中国革命を理解する前提だった。この前提を理解しなければ近代中国は理解できない。西洋で中国研究を行う多くの人は断絶を強調する。竹内好も同様だ。しかし溝口雄三は、断絶が存在しても、その背後には連続性があると考えた。
二、「天下」のなか、「天下」のあいだ
付: ここまでの話を、スピノザの実体理解に沿って考えるなら、それは一種の内在的普遍、あるいは普遍の普遍として、「普遍者」というヘーゲルの概念に近いものと見なせるのではないでしょうか。先生のいう「実体は主体である」は、普遍性と特殊性の可能な配置を考えるきっかけにもなります。
酒井直樹にとってこの可能性は翻訳、つまり同語共同体と異語共同体です。ハリー・ハルートゥニアン(Harry D. Harootunian)は、日常生活による歴史時間の転覆に訴え、史学と哲学を相互に問いただそうとする。先生にとって、その可能性は「天下」として現れるように思えます。しかしここでの天下も、媒介の産物――ヘーゲル的な意味での媒介――ではないでしょうか。先生が天下について多く論じるとき、先生の天下は中国内陸部の哲学が捉える天下とは大きく異なると思います。その背景には西順蔵、ロジャー・T・エイムズ、プラセンジット・ドゥアラの議論があります。趙汀陽の読解(Toward a New World Order: Reading Tianxia with Hegel and Marx)には、先ほどの溝口の影も見える。また先生の天下構想は、汪暉の命題への応答でもあるようです。なぜ天下(all-under-heaven)をそのように考えるのですか。天下はいかにして普遍性と特殊性の可能性を開くのでしょうか。

1958年ミシガン大学で歴史学博士号取得。シカゴ大学で20年以上教鞭をとり、マックス・パレフスキー歴史・文明冠名教授、東アジア言語文明学科・歴史学科長を務めた。後にニューヨーク大学歴史学科・東アジア研究科へ移籍。退職後はデューク大学、コロンビア大学でも講義。Journal of Asian Studies 編集長、Critical Inquiry 共同編集長を歴任。2003年アメリカ芸術科学アカデミー会員。専門は日本近現代史・思想史、歴史哲学、マルクス主義。

Viren Murthy著、Routledge、2024年。
慕: そうです。天下における普遍性と特殊性はとても面白い問題です。先週、清華大学で天下について講演しましたが、天下の重要な点は、普遍性が特殊性を消滅させないことだと言いました。多くの人は普遍性を恐れている。今ではこの問題を語りたがらない。「全体」という概念を見ると、全体は部分を消滅させ、普遍性は特殊性を消滅させる、という前提を見てしまう。しかし天下は、特殊性と普遍性の対立を超える普遍性を指す。竹内好も『方法としてのアジア』で、新しい普遍性を持たなければならない、文化の「巻き返し」とは普遍性を作り直すことだ、その新しい普遍性は特殊性を包摂できる、と述べている。
これはもちろん趙汀陽の天下とも関係する。清華でもその問題を問われた。趙汀陽はそのように考えていない、資本主義を本当に克服しようとしているわけではない、と考える人が多い。趙汀陽についての論文では十分に展開しなかったが、彼は資本主義に疑念を抱いている――実際には私が書いた以上にそうかもしれない――第三世界や毛沢東思想にも触れている。ただ、それらを含む全体を創り出す理論を組み立ててはいない。天下は資本主義を克服して初めて実現すると思うが、彼はそこまではっきり言わない。講演では、趙汀陽は自由主義寄りではないかという学生の指摘もあった。そうなら、彼の天下は実現できない。天下の新しい普遍性は資本主義と対立するからです。その内在的論理は、ポスト資本主義社会を考えることのはずだと思う。柄谷行人の論理も同じです。柄谷は新しい世界が必要だと言う。だから無政府主義者でありながら、いつも国連に戻る。新しい国連、資本主義を超える国連だと言えるかもしれない。それは趙汀陽の理想と似ているでしょう。
これらの観念は汪暉とも関係する。汪暉は新しい普遍性と超資本主義、それらと革命の関係をずっと考えてきた。そこから見れば、私は彼の関心と基本的論点を継承したと言える。趙汀陽は汪暉に比較的近い。もちろん汪暉は歴史をより重視する。清帝国を論じるとき、その内部が特殊性を包摂していることを強調する。
ただし、差異性は資本主義と矛盾するのか、という問題には答えなければならない。趙汀陽なら、資本主義の内部にはこれほど多くの差異があるのだから、本当の矛盾はないと言うかもしれない。この問題は複雑です。一方で文化的多元主義と資本主義は矛盾しない。資本主義もある程度は差異を作り出す。たとえば貧富の差、階級の差です。資本主義がある差異を否定することは確かにある。しかしその差異は商品の形式、つまり交換価値と関係する。交換価値のあいだでは、すべての物の差は量の差にすぎない。同様に、民族国家の形式的平等制度では、具体的差異が現れない。だから私たちは差異性という言葉だけを使いがちだが、どのような差異が批判的なのかを明確にしなければならない……
付: ハルートゥニアンが、植民地主義と資本主義の関係、そして形式的包摂について論じるのと同じですね。
慕: そうです。ハルートゥニアンを含む多くのマルクス主義者が言っています。同時に、資本主義は基本的に商品論理で動き、商品論理そのものが同一性を持つ、と言うマルクス主義者も多い。そこから見れば、資本主義には差異を消滅させる傾向がある。しかし資本主義のほかに民族国家もある。帝国と民族国家はよく語られるが、民族国家はどう差異を消滅させるのか。とても面白い問題です。
パッチェン・マークル(Patchen Markell)は、マルクスの『ユダヤ人問題について』を批判するなかでこれを論じる。西洋の文脈でユダヤ人は重要な差異の問題を指し示す。民族国家は表面上、ユダヤ人を承認しているように見える。ユダヤ人もドイツ市民になれる。しかしユダヤ教の慣習と市民性が衝突すると、ユダヤ教の方が犠牲になる。民族国家は差異を私的領域に置くことで消滅させる。もともとユダヤ教では公と私が明確に分かれていなかった。民族国家が差異を消滅させる巧妙さは、承認を通じて差異を変えるところにある。重要ですが、根本問題には戻っていない。差異だけを語るのでは足りないし、すべての差異を保存する必要もない。差異だけを語ると確定性がなくなる。だから「目的」が必要で、消滅させる、少なくとも変えるべき差異がある。どの差異を変えるべきかを誰が決めるのか。どの政治体制も、そのような決定をしなければならない。(注:Bound by Recognition 参照。)

1999年ハーバード大学で政治学博士号取得。シカゴ大学で教え、現在はコーネル大学政治学准教授。行為と責任、主体性、民主主義理論、ジェンダーと性的指向、政治における感情など現代社会・政治理論の諸問題を研究。ヘーゲル、マルクス、ハンナ・アーレント、ハーバーマス、アリストテレスの理論も研究する。著書に『承認に縛られて』(Bound by Recognition)。
付: では、プラセンジット・ドゥアラやロジャー・エイムズは、先生の中国哲学構想にどのように関わっているのでしょうか。

カナダ出身の哲学者・翻訳家・作家。北京大学人文講席教授、ハワイ大学マノア校哲学名誉教授、バーグルエン研究員。過程的・関係的視点から中国古代思想を解釈し、固定化された西洋形而上学のカテゴリーで中国哲学を読む方法を批判してきた。儒家の役割倫理研究、中国古典の哲学的翻訳で知られる。著書に『賢者たちの民主主義――デューイ、孔子、中国民主主義の希望』『和して同ぜず――中西哲学の会通』『自己の完成――中西相互照明の古典儒学と道家』など。
慕: (笑)とても複雑な問題ですが、今それを問われるのは面白い。私は1990年、大学院生としてハワイ大学に入り、エイムズの学生になった。当時はハイデガーと道家を学びたいと思っていた。純粋に哲学の問題です。エイムズの方法はずっと高く評価しているが、私たちの方法には違いもある。彼はつねに哲学から出発し、歴史には一定の関心を持つものの、さほど関心を持っていない。長いあいだ、デューイと中国の孔子はよく似ていると言っていたし、著書『孔子を通して考える』ではデリダと中国に類似性があるとも述べている。

ロジャー・エイムズ著、何金俐訳、北京大学出版社、2005年。
当時、歴史の観点から見ると奇妙だと思った。周朝にどうしてデリダがいたのか(笑)。周朝から春秋戦国にかけて、デリダ、デューイ、さらにドゥルーズまで、みんなそこにいる。自分の好きな哲学者がみなその時代にいるようだった。中国哲学も大好きだったので、一挙両得だと思った(笑)。老子を読み、ハイデガーも読んだ。しかし修士号を取った後、もし老子や孔子がハイデガー、デューイ、デリダなら、デリダとハイデガーを学んだ方がよいと思った。ハイデガー/デリダを理解すれば、先秦思想の理解も含まれるからです。そこでハワイ大学を離れ、デポール大学へ行き、デイヴィッド・ファレル・クレル(David Farrell Krell)に師事した。彼はハイデガーとデリダを専門にしている。当時はハイデガーとフランス文学について博士論文を書こうと考えていた。まったく別の話ですが、関心の問題は同じだったのかもしれない。

イギリスの哲学者。デポール大学で教え、現在はウォーリック大学哲学教授。ヘーゲル、ニーチェ、ハイデガー、デリダ哲学の解釈で知られる。著書に『ヘーゲル論理学の始まり――存在から無限へ』(The Opening of Hegel’s Logic. From Being to Infinity)、『ヘーゲル『精神現象学』――読者のための案内』(Hegel’s Phenomenology of Spirit: A Reader’s Guide)など。
そのころ次第にマルクス主義に興味を持ち始めた。デポール大学には大陸哲学の研究者が多く、マルクスは周縁化されていたので、そこに居続けるのは難しくなった。ヘーゲルはまだ大丈夫だったので、基本的な知識を学んだ。デポール大学で教えていたスティーヴン・ホールゲイトからは強い影響を受け、今でも私のヘーゲル理解は彼に大きく依存している。一年後、ハワイへ戻った。その時点で、マルクス主義と近代中国に関心を持っていた。
エイムズは穏やかで寛容な教師だった。私の変化を問題にせず、「いいよ、では近代を研究すればいい」と言った。彼の理論からすれば、中国全体がデューイ、ハイデガー、デリダのように読める。近代も、毛沢東も。ちょうど私のテーマは、中国式の民主主義は可能か、つまり儒家と民主主義を考えることだった。

インド出身の中国史家。1983年ハーバード大学博士。デューク大学歴史学科オスカー・タン家記念特別教授、シンガポール国立大学ラッフルズ人文講座教授、アジア研究所所長、人文社会科学研究主任を歴任。ジョージ・メイソン大学、シカゴ大学でも教え、2004~2007年にはシカゴ大学歴史学科長。中国史のほか20世紀アジア史、歴史思想史、史学史を研究。初期には20世紀初頭中国の農村社会を研究し、その後ナショナリズム、帝国主義、近代的歴史意識の起源へと進んだ。著書に『文化・権力・国家――1900~1942年の華北農村』『民族国家から歴史を救う――ナショナリズム言説と中国近代史研究』など。
その後の話は長いので短くします。あるとき、シカゴ大学でインド音楽のコンサートを聴いた。両親がシカゴに住んでいたので、そこでドゥアラ先生に会った。ちょうど彼の『民族国家から歴史を救う』が出版されたばかりで、私はその書評を書いていた。ハワイ大学では哲学をしている人が多く、中国近現代史の書評を書く人が少なかった。エイムズが雑誌を編集中で、「この書評を書かないか。君は近代をやっているから関心があるだろう」と言われ、引き受けた。
シカゴでドゥアラ先生に会ったので、書評を書いていると伝えた。先生は、研究室で議論してもよいと言い、書評を送ると、「哲学的すぎるが、よく書けている。いま何を研究しているのか」と聞いた。中国式民主主義は可能か、孔子と民主主義です、と答えた。先生は、歴史の観点からすれば孔子と民主主義には関係がなく、問い自体が疑わしいと言った。私は、批判をするかもしれないと答えた。すると、「それでは職が見つからない。哲学をする人を批判すれば、その人たちは君を雇わない。歴史をする私たちは、そもそもそれに関心がなく、やはり雇わない」と言われた。困って、どうすればよいかと聞くと、「歴史を学び直せ。中国式民主主義のような問題は歴史の問題だ。思想史のやり方を少しずつ学びなさい」と。私は哲学以外ほとんど知らず、思想史が何かもよく分からなかった。そこでシカゴ大学歴史学科に出願し、1999年に入学した。こうしてドゥアラ先生の学生になった。

プラセンジット・ドゥアラ著、王憲明訳、江蘇人民出版社、2009年。
しかし哲学を諦めたことはない。だから私はこの二人の先生の学生であり続けている。今回、中国で多くの活動に参加しているのは、エイムズが北京大学を退職するからです。ほぼすべてに参加した。この機会に、ハワイ大学時代の経験を振り返っている。私はずっとこの二人の先生のあいだで研究してきた。ドゥアラ先生は私を本当の思想史家にしたかったが、哲学を捨てていないことを知っていたので、失望とは言えないが、まだ進歩が必要だと思っていた(笑)。歴史を学んできたが、哲学の方により関心がある。テクストを読むとき、歴史的文脈だけでなく、より大きな問題にもかかわる、哲学の普遍的追求に惹かれるのです。とはいえドゥアラ先生の影響は深い。哲学者と一緒にいると私は歴史家のようになり、歴史家と一緒にいると哲学者のようになる。ただ全体としては、思想の正当性や合理性そのものにも関心があるので、やや哲学寄りだと思う。
三、ヘーゲル=マルクスから東アジアを考え直す
付: 先ほど、学問の途上でマルクス主義に強い関心を持ち、現在は自分をマルクス主義者と呼んでいると話されました。ギャヴィン・ウォーカー(Gavin Walker)、ヴィクター・コシュマン(Victor Koschmann)、そしてもちろんハルートゥニアンは、マルクス主義と日本マルクス主義について深い見解を持っています。ハルートゥニアンらのポストコロニアル・マルクス主義が東アジアを語ることも踏まえ、マルクス主義が東アジアについての想像力と研究に与えた影響、マルクス主義と東アジアの価値をどう構想しますか。

コーネル大学比較文学科教授・学科長。ペンシルヴァニア大学修士、コーネル大学博士。酒井直樹の指導を受けた。哲学・歴史・文学・芸術の交差領域で批判理論と思想史を研究し、資本の論理と政治・美学におけるその現れ、文化領域、翻訳における言語の決定不能性、構造概念における労働力、政治的主体の役割変化などを扱う。哲学、文学、視覚芸術、歴史、批評にまたがる研究を行い、とくに現代ヨーロッパ、北米、アジアの問題に注目している。著書に Marx et la politique du dehors、The Sublime Perversion of Capital、編著 The Red Years など。

コーネル大学歴史学科日本史名誉教授。1980年シカゴ大学博士。日本史を中心に、政治思想と行動の関係を研究し、汎アジア主義、経済倫理、植民地主義、左翼運動を扱い、1931~45年の日本の戦時期における思想と行動の新たな視角を探る。戦後の日本や他国の社会運動の盛衰、新自由主義の台頭、マルクス主義史、帝国体系の発展との関係も研究している。著書に Revolution and Subjectivity in Postwar Japan、The Mito Ideology、Pan-Asianism in Modern Japanese History など。
慕: 重要な問題です。先ほどのドゥアラとエイムズの話を続けましょう。エイムズからドゥアラへの移行は、マルクス主義と関係している。当時ドゥアラ先生は、マルクス主義者なら歴史を重視しなければならないと言った。マルクス主義は思想を歴史のなかに置くからです。これは正しいと思う。ただ先生は、ディルリクやマルクス主義者を批判して、こうも言った。多くのマルクス主義者は経済学を研究せず思想史を研究している。思想を政治経済的背景に置かず、思想と社会の関係を抽象的に語るだけだ、と。これは重要な問題です。ドゥアラはポストコロニアル寄りで、ディルリクもポストコロニアリズムが資本を無視すると批判している。
マルクス主義と東アジアは二つの方向から語れる。一つは受容史として、たとえば日本・中国・韓国の知識人がマルクス主義をどう受け入れたか。もう一つは、マルクス主義を使って東アジアをどう研究するか。ハルートゥニアンらの東アジア研究には両方が含まれる。アメリカの日本マルクス主義研究者の多くは、川島(Ken Kawashima)にせよギャヴィン・ウォーカーにせよ、結局ハルートゥニアンに遡れる。ウォーカーは酒井直樹の学生で、ハルートゥニアンは酒井の師です。

シカゴ大学歴史学修士、ニューヨーク大学歴史学博士。トロント大学准教授。日本近代史、東アジア植民地史、マルクス主義理論、ファシズムを研究。著書に The Proletarian Gamble: Korean Workers in Interwar Japan、編著 Tosaka Jun: A Critical Reader、宇野弘蔵『恐慌論』の翻訳など。
ハルートゥニアン自身にもマルクス主義への移行がある。最初の本は Toward Restoration: The Growth of Political Consciousness in Tokugawa Japan で、中国語訳があるかは知らないが、明治維新を論じ、江戸期にすでに維新の影があったとする。当時はまだそれほどマルクス主義的ではないが、良い本です。第二作 Things Seen and Unseen: Discourse and Ideology in Tokugawa Nativism は難解だが影響力があり、マルクス主義の影とポストモダン的色彩がある。たとえば農民と階級が国学にどう影響したかを論じている。ポストモダンとマルクス主義を結びつけた。
マルクス主義者へ転じたのは第三作か第四作だと思う。もちろん、1990年代にはほかの論文や論文集もいくつかある。第三作 History’s Disquiet: Modernity, Cultural Practice and the Question of Everyday Life と第四作 Overcome by Modernity: History, Culture and Community in Interwar Japan は一年違いで刊行され、より明確にマルクス主義的です。前者ではベンヤミンを使って日本のマルクス主義者戸坂潤を読む。後者ではマルクス主義で京都学派を批判する。「近代の超克」は京都学派のレトリックだった。京都学派が近代を超克しようとしたのは、実際には資本主義を超克しようとしたからだが、資本主義を理解できなかったため、自分たちが超克されてしまった、とハルートゥニアンは言う。この分析は非常にマルクス主義的で、モイシェ・ポストンの理論に似ている。ポストンによれば、右派運動も資本主義を克服しようとしたが、その本質を捉えられず、資本主義に超克されてファシズムになった。こうした論点を発展させるなかで、ハルートゥニアンはさらにマルクス主義的になった。(注:『近代による超克』の訳者メイソン直之もハルートゥニアンの学生である。)

Harry D. Harootunian著、University of California Press、1970年。

Harry D. Harootunian著、University of Chicago Press、1988年。

Harry D. Harootunian著、Columbia University Press、2002年。

Harry D. Harootunian著、Princeton University Press、2002年。
ハルートゥニアンの学生を見ても、彼がいつマルクス主義者になったか分かる。初期の学生、たとえば酒井直樹はマルクス主義者ではなく、ポストモダニズム寄りです。ステファン・タナカ(Stefan Tanaka)の Japan’s Orient: Rendering Pasts into History にもマルクス主義はほとんどなく、ポストモダニズムとサイードらのポストコロニアル理論が中心です。コシュマンもハルートゥニアンの学生だが、著作にマルクス主義は目立たない(『戦後日本の革命と主体性』でマルクス主義者を論じるが、ポスト・マルクス主義から批判している)。後期の学生、たとえばカワシマはマルクス主義者です。

シカゴ大学歴史学博士。サンディエゴ大学教授。初期には、歴史・過去・時間が日本の世界観と自己認識を定義するためにどう構築されたかを研究。近年は歴史を伝達技術として捉え、歴史知・カテゴリー・実践と文学体系、デジタル時代の変化を研究。著書に Japan’s Orient: Rendering Pasts into History、History without Chronology、New Times in Modern Japan。

Stefan Tanaka著、University of California Press、1995年。
ハルートゥニアンはずっとマルクス主義に関心を持っていたが、本当にマルクス主義者へ転じたのは1990年代半ばか末だと思う。『近代による超克』には長い時間をかけた。もともと奈地田哲夫(Tetsuo Najita)と共著にする予定だったようだが、結局一人で完成させた。奈地田と一緒なら、これほどマルクス主義的にはならなかったかもしれない。

ハーバード大学博士。ウィスコンシン大学准教授を経て1969年シカゴ大学着任。ロバート・S・インガソル歴史学・東アジア言語文明特別教授。1981年グッゲンハイム奨学金、1993年アメリカ芸術科学アカデミー会員。1998年にはグリネル大学から卒業生名誉賞を贈られ、2007年にはシカゴ大学が奈地田哲夫特別講座シリーズを設置した。日本の歴史と東アジア言語・文明を研究し、著書に Japan: The Intellectual Foundations of Modern Japanese Politics、Japanese Thought in the Tokugawa Period, 1600–1868 など。
ハルートゥニアンのマルクス主義にも変化がある。『近代による超克』はポストンにとても似ているが、Marx After Marx: History and Time in the Expansion of Capitalism(2015)では形式的包摂を強調する。この概念はポストコロニアリズムに近い。資本に包摂できないものは資本主義に抵抗できると言うからです。昨日、北京外国語大学でチャクラバルティの歴史1・歴史2とインド音楽について講演した。歴史2は、資本に包摂できないものだ。だから形式的包摂はポストコロニアリズムに近いと言った。
『近代による超克』を書いたとき、ハルートゥニアンはポストコロニアルを、差異を強調しすぎるとして批判した。しかし Marx After Marx では差異をマルクス主義の体系内部に取り込む。ここに緊張がある。差異が資本主義の核心部分なら、本当には抵抗できないはずなのに、同書では差異にも抵抗の可能性があると言う。形式的包摂の過程では、異なる差異を区別しなければならない。

インドの歴史家、ポストコロニアル理論・サバルタン研究の代表的研究者。カルカッタ大統領大学で物理学学士、インド経営大学院で経営学修了後、オーストラリア国立大学で歴史学博士。シカゴ大学ローレンス・A・キンポン特別教授。2014年トインビー賞。著書に Provincializing Europe、Habitations of Modernity、The Calling of History、The Climate of History in a Planetary Age など。

Harry D. Harootunian著、Columbia University Press、2015年。
以前これについて話しました。台湾で出版された論文集『歴史の記憶と日常――資本主義と東アジア批判研究』を参照できます。

ハルートゥニアン著、陳春燕・王梅春訳、国立交通大学出版社、2017年。
付: これはハルートゥニアンの中国語の本としては、二冊しかないうちの一冊ですね。(注:実際には、叢書『トレース』の中国語版三冊にも、ハルートゥニアンの論文「類型性」「幽霊のような比較」が一篇ずつ収録されている。)
慕: そう、この本は中国語版しかないようです。陳春燕という台湾大学外国語学部の先生が翻訳を担当した。以前、ポストンとハルートゥニアンを対話させる会議を組織したことがあり、陳先生がそれを読んでハルートゥニアン論集を作ろうと思った。マッシミリアーノ・トンバ(Massimiliano Tomba)も参加した。トンバは形式的包摂を強調するが、それが彼らの困難にもなった。一方ではポストコロニアルと同じく差異を強調し、差異は完全には吸収されず資本主義と衝突すると考える。他方ではポストコロニアルを批判し、すべての差異は資本主義だと言う。この二つをどう処理するかが問題になった。

ピサ大学で政治哲学博士。パドヴァ大学人権哲学教授。ドイツ滞在中(ヴュルツブルク大学、ミュンヘン、ハンブルク)にドイツ古典哲学を専攻。2012年から、グローバル社会を解釈する主流枠組みを再検討し、普遍主義・空間・時間理論にあるヨーロッパ中心主義を解体する国際プロジェクトの共同責任者。著書に Krise und Kritik bei Bruno Bauer: Kategorien des Politischen im nachhegelschen Denken、La vera politica: Kant e Benjamin: la possibilità della giustizia、Marx’s Temporalities、Attraverso la piccolo porta: Quattro studi su Walter Benjamin、Insurgent Universality: An Alternative Legacy of Modernity など。
付: だからヘーゲルに戻るのですね。最近、ヘーゲル=マルクス問題について論文を書かれました。一部のマルクス主義者がヘーゲルの政治哲学を拒むのは、ヘーゲルの形而上学を歴史カテゴリーに完全に還元し、経験概念と結びつけて解釈するからだ、とも述べています。ポストコロニアルの伝統では、ロバート・ヤングや酒井直樹などがヘーゲルの歴史主義を批判してきましたが、先生はここでヘーゲルを拾い直す。
記事中の中国語訳を日本語にすると、論文にはこうあります。「理性の構造は純粋に歴史的なものではないため、社会批判を展開する足場となる。ヘーゲルとマルクスの思想を融合すれば、資本主義を批判できる――資本主義を客観的精神の欠損した、疎外された形態と見なすこともできる。また、資本主義を規定性の転換へと進め、法に適った精神の新しい社会へ進む道を探れる。具体的には、ヘーゲルの形而上学と精神概念が、マルクスの『自動的主体』(automatic subject)概念を批判的に検討する理論的視角を与える」(“Hegelian Critiques of Capitalism: Rethinking Modernity through Speculative Metaphysics”)。
ヘーゲルとマルクスを結びつけ、ヘーゲルの亡霊を掘り起こし、ポストコロニアル領域でマルクスを掘り起こす方法について、先生はすでに多くの場所で答えています。ここまでの話がほぼ答えでしょう。それでも、この一節を読者のために解説していただけますか。
慕: かなり複雑な問題です。私の経験と思考の変化に置くなら、ポストンに戻る必要がある。博士論文を書いたとき、ポストンの影響を強く受けた。彼はフランクフルト学派のマルクス主義を発展させ、絶対精神と資本は一致する、ヘーゲルの絶対精神は実際には資本についての錯覚だ、という根本的な見解を持っている。ヘーゲルは資本に注目したが、歴史カテゴリーである資本を非歴史化して絶対精神にした、とポストンは考える。
説得力のある議論です。こうして資本は歴史的主体となり、20世紀には自由主義的資本主義、フォーディズム的資本主義、新自由主義的資本主義という段階が現れる。20世紀には世界全体が資本主義になった。現存する社会主義も含め、実は資本主義の異なる形態です。

国際的に知られたマルクス主義史家・社会理論家・政治思想家。シカゴ大学近代史教授、シカゴ現代理論センター共同主任、ユダヤ研究センター委員。19~20世紀ヨーロッパ思想史と批判理論、資本主義、近代反ユダヤ主義、戦後ドイツの記憶とアイデンティティを研究。主著『時間・労働・社会的支配』、ほか『マルクス再装填――資本主義批判理論の再考』『歴史と他律性』など。
この理論に惹かれたとき、理解するためにヘーゲルを読み直し、絶対精神とは何かを明らかにしようとした。ヘーゲルをきちんと読んでいないと、絶対精神は差異を消滅させる大文字の精神だと思ってしまう。ポストンは確かにそう考える。差異を消滅させる、少なくともその内部で差異を作るが、それも本当の差異ではない、と。
『精神現象学』を読み直すと、ヘーゲルは差異にずっと関心を持ち、国家にも強い関心を持っていることが分かった。ただし国家は差異を消滅させるのではなく、差異を承認する。これらをどう結びつけるか。ヘーゲルを理解するには、根本著作である『論理学』に戻る必要がある。多くの人が『精神現象学』を読むが、これは準備作業で、彼自身が「梯子」と呼ぶ。読み終えれば『論理学』へ進める。『論理学』こそ彼の本当の哲学です。ここでヘーゲル哲学とマルクス哲学の関係を理解できる。
まずヘーゲル哲学とは何か。ヘーゲルとマルクスは弁証法を使うが、一方は唯物論、他方は唯心論だと言う人が多い。しかしそれではヘーゲルの観念論(唯心論)が分からない。『論理学』で彼が言う観念論 Idealismus は、思想は思想、物質は物質という意味ではない。事物を物化されたものではなく、全体、過程として捉えることだ。彼は「物化」と言わず「個体化」と言う。マルクス主義の物化概念もここに現れていると言える。観念論が事物や個体を全体過程の契機として捉えるなら、マルクスも観念論者と言える。だから唯心/唯物の区別はそれほど重要ではない。
ヘーゲルの基本哲学はマルクスと少し違うが、両者は補完的です。『論理学』は基本カテゴリーを演繹するが、それは歴史だけでなく、すべての事物の基本カテゴリーであり、存在論である。解釈は分かれる。存在論だとするものと、カント的に、あらゆる事物の条件、思考の条件とするもの。私は前者を重視する。『論理学』の開始時点では思考と事物の区別はない。その区別自体が前提になるからです。思考の条件と存在の条件は一致する。
こうした論理学の基本カテゴリーは実践以前にあり、実践は自然哲学の後に現れる。カテゴリーは歴史的理念ではない。目的は最初から論理学にあるが、目的は生命と結びつく。すべての生命には目的がある。存在すること、自分を作り直すこと。人間の目的は一般的生命より相対的に自由で、自己意識を持つ。目的はヘーゲルの歴史哲学・法哲学と関係する。人がどんな条件で目的を実現できるかは、社会条件・社会構造に関係し、ヘーゲルの法哲学が解く問題になる。

Jensen Suther著、Stanford University Press、2025年。
ここでマルクスが役割を果たす。資本主義社会では人は目的を実現できないから、「世界を変える」必要がある。この点で二人は補完的です。ヘーゲルがなければマルクスの哲学的基礎を見つけるのは難しい。初期マルクスは類的存在(Gattungswesen)に触れた。非常にヘーゲル的な概念です。類そのものが目的を持ち、資本主義はそれと衝突する。最近のヘーゲル研究者から多く学んだ。ジェンセン・サザー(Jensen Suther)の True Materialism: Hegelian Marxism and the Modernist Struggle for Freedom は、生命と類的存在についてよく書かれている。書評を書こうと思っているが、まだ時間がない。
付: ここまで、マルクス、竹内好、東アジア研究、先生自身の学問遍歴について多く伺いました。最後に、最近中国で多くの活動をされていることを踏まえ、中国語圏の研究者・学界に疑問を呈し、問いを投げかけていただけますか。
慕: まず、皆さんがこうした理論、日本と中国の研究、竹内好研究に関心を持っていることを嬉しく思います。問題はたくさんあります。まず、あなた自身は、ハルートゥニアンのような理論を研究することが、現代中国の学界にどんな影響を与えると思いますか。どんな現れ方を期待しますか。
付: うーん……私は理論という営みに対して絶対的に悲観しています。とくに「理論の時代」の後では、理論は学界内部の技術になった。先生は私より「理論の死」という言葉を理解しているでしょう。理論の死の残骸のなかで、理論がいかに自分を主張するか。私には、その自己宣伝と自己反省も結局は理論の形態に見える。だからこの悲観は変わらない。ハルートゥニアンについても同じで、実際、可能性を何も見いだせていない。このインタビューも含めて。
これは「絶望」と呼べるかもしれない――もちろん、そう呼べないかもしれない。まだ何かを語ることはできる。しかし少なくともこの点では、魯迅と竹内好がずっと抱えていた感情、『過客』に見られる感情です。だから復讐なのだと思う。理論の任務、Aufgabe の一つはまさにそれでしょう。読者には別の考えがあるはずです。
慕: とても面白い。
張金牛: 偶然にも付石さんによる慕唯仁先生へのインタビューに立ち会えたのは幸運でした。付石さんの絶望と悲観は、ある程度理解できます。彼は年齢を考えれば信じがたいほどの知識の蓄積と思想の深さを持っており、私たちの時代の若手研究者に見られる関心と志の高さを、ある程度体現しているのかもしれません。そのことは、ここまでのインタビューにも現れています。付石さんは私に感想を結語として書いてほしいと言った。自分に理解できる範囲から、愚見を述べるしかない。したがって、このまとめも、ほんの一端を述べるにすぎないだろう。
結局のところ、慕先生が中国の学界に親近感を持つのは偶然ではない。インド系であることに由来するのかもしれない。インドと中国はともに発展途上国であり、共通の問題意識の基礎を提供する。先生が言うように、こうした問題意識は多くの西洋の研究者に重視されない。帝国主義の圧迫下にある第三世界の国々にとって、民族国家、さらにはナショナリズムは、簡単に否定・放棄できる問題ではない。だからこれらの国の左翼革命家は、問題を抱えたまま、マルクス主義の未来がいかに可能かを考えなければならない。これは第三世界だけの特殊性ではない。絶対数においても世界的規模においても、不均衡の問題は最も歴史的・実践的な形で、普遍主義的な反抑圧の構想が本当に可能かどうかを決める。したがって、「諸衆」式で、脱民族国家的、無政府主義的な資本主義への抵抗構想は、実現できない運命にある。今日の地政学的危機の時代には、とりわけ明らかです。
だからこそ、慕先生によるヘーゲル的主体の召喚が関係する。ポストモダン的な脱構築が特殊性の主体から距離を置くのは、そうした主体が、抵抗する主体であっても、新しい循環のなかで新たな抑圧者になる可能性を例外なく持つと考えるからだ。しかしそれは、現存する不平等・不均衡な国際秩序に現実的な方策を提起する可能性を取り消す。左翼研究者の一部は脱中心化された抵抗構造を構想するが、第三世界の国々でそれがどう可能で、どう役立つかを考えていない。レーニンが早くから注目した「左翼」幼稚病の問題と同じです。実際、西側の先進国の内部でさえ、この脱中心化された運動形式は、本当に変革的な左翼の課題の展開に役立たない。
しかし逆に言えば、彼らの警戒にも道理はある。特殊性を強調した一部のポストコロニアル研究者は普遍性を拒む。その結果、日本右翼の歴史が「近代を超克しようとして近代に超克された」のと近い仕方で、前者の懸念が空想ではないことを証明してしまう。
付石さんの悲観もこの角度から理解できる。もちろん、これも私の懸念です。理論を展開するなかで、歴史が不断に「竜を倒した者が竜になる」という筋書きを繰り返すだけなら(どのような規模であれ)、魯迅がかつて感じたように、希望のない黒い壁のような絶望感に直面せざるをえない。その意味で、慕先生の試みと探究の意義を感じ取り、重く受け止めることができる。先生はヘーゲルとマルクス主義の普遍性を押し広げながら、その内部の特殊性にも配慮しようとする。普遍性を押し広げることが、現実の、しばしば民族国家を単位とする組織的革命実践の回避につながらず、特殊性への注目が、政治から切り離され、疎外された抑圧主体――日本史におけるファシズムのようなもの――へ向かわないことを望んでいる。
解決がどこにあるかを語る能力は私にはない。それこそ慕先生が解こうとしている問題だからです。自分の読書から空言を一つ述べるしかない。斎藤幸平が観察したように、マルクスは『資本論』で、一方では純粋に見える理論的な演繹を行い、他方では「労働日」と「機械と大工業」という歴史的文脈に近い章を挿入した。問題の出口は実践に戻って探さなければならないという示唆です。先ほどの民族国家の問題と結びつければ、私たちは歴史と現実の社会主義国家の実践のなかに解決策と答えを探すしかないのかもしれない。民族国家は左翼にとって何なのか。この問題は回避も否定もできず、正面から建設的に扱わなければならない。そのうえで、抑圧の循環を中断することを目標とする代替的な国際秩序を築ける。マルクス主義は、資本主義体制が周期的危機に陥るたびの抵抗綱領を指すだけではない。資本主義制度の外部にある、代替的で建設的な選択を指し示すのです。
・原文は録音を整理したもの。
・慕唯仁先生の許諾を得て、最終的な修訂を経た。
・画像はインターネット上の資料による。
著者紹介

ウィスコンシン大学マディソン校歴史学科教授。中日近代思想史、越境するアジア史、資本主義と知の生産の関係を研究。著書に『汎アジア主義と中国革命の遺産』(Pan-Asianism and the Legacy of the Chinese Revolution)、『章炳麟の政治哲学――意識の抵抗』など。

南開大学日本語学科学部生。研究関心は日本近現代思想史とポストコロニアル理論。
参考読書

[日]竹内好著、李冬木・趙京華・孫歌訳。

孫歌著。

孫歌著。

黒川みどり、山田智著。

丸川哲史著。

汪暉著。

酒井直樹・西谷修著。