
世界のない時代に、意味のない愛を伝える。
編者注: 「世界に虐を施したい。」――潜在狗子。
原題:
文学理論の存在意義とは何か?
文学理論は物理学・化学・生物学とは大きく異なる。物理学・化学・生物学の研究は、それぞれの発展を促しうるが、文学理論の研究は文学作品を生み出すことができず、現実もだいたいそうであり、文学理論を研究する人の大半は文学創作に携わらない。
それでは、なぜ人々はなお文学理論を研究するのか?
質問者はよい問いを立てている。しかし、この問いをめぐる記述はすべて間違っている。まず質問者は、文学理論が必ず「物理学・化学・生物学」の理論と同じ機能を果たすべきだと前提している。では、ここで問題だ。文学の機能は、物理学・化学・生物学の機能と同じなのか。物理学・化学・生物学の純粋に機械論的な視点から見れば、文学理論どころか、文学そのものが存在すべきではない。
第二に、「文学理論の研究は文学を生み出せない」(この文の後ろに「現実もだいたいそうだ」と付けると、どう見ても悪文だ……)という点。本当なのか? フレドリック・ジェイムソンは、画家がほかの画家の絵を見ず、ジャン・ボードリヤール、ジャック・デリダ、ジャン=フランソワ・リオタールらのポストモダン理論を読んで絵を描くという事態を、とうに描いている。まして一般の小説家ならなおさらだ。余華が何十年も前からロラン・バルトやアラン・ロブ=グリエの理論を引用していたことを、あなたは知っているだろうか? フランス文学理論の重要な特徴は、著者が理論を語る過程そのものが高度に文学化されていることだ。多くの場合、彼らが理論を説明しているのか、それとも文学創作をしているのか、見分けがつかない。だからこそ、質問者のいう「文学理論を研究する人の大半は文学創作に携わらない」は間違っている。
質問者の誤りは、じつに典型的なものだ。文学理論を文学の侍女、それも不合格の侍女とみなしている。文学理論とは何かを知らなければ、そう結論するのもごく自然だ。
では、文学理論とは何か。文学理論は、ごく新しい発明である。ヴォルフガング・イーザーの言葉として、こう紹介されている。「文学理論は新しい時代の産物であり、第二次世界大戦後に頭角を現し始めた。」アントワーヌ・コンパニョンは、さらに具体的な時期をこう振り返っている。「1970年前後、文学理論は最盛期を迎え、私たちの世代の若者を狂わせた。新しい理論が互いに華を競い、『新批評』『詩学』『構造主義』『記号学』など、枚挙にいとまがなかった。あの光り輝く歳月を経験した者は、誰もがそれを限りなく懐かしんでいる。」
明らかに、コンパニョンの叙述には抑えきれない熱情があり、むしろ狂熱と呼べるほどだ。その時代、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、ロラン・バルト、ジョルジュ・バタイユ、ジャック・ラカンはみな、まばゆい学界のスターだった。彼らは理論をきわめて高い地位にまで押し上げた。70年代を自ら経験したテリー・イーグルトンも当然それを感じ取り、思わずこうこぼしている。「一言で言えば、理論には人を盲目的な熱狂へ駆り立てる、異常な性質があることが明らかになった。(中略)理論はしだいにひどく思い上がり、自分が本来調整すべきものを完全に覆い尽くしてしまった。」
今でも私は、理論のほうが小説より読んでいて面白い、と私にこぼす東大生に出会うことがある。
理論の登場は、脱構築主義の潮流と切り離せない。具体的に言えば、理論の登場そのものが脱構築である。脱構築は二項対立をひっくり返し、二項対立の下位に置かれた項を上位へ反転させることで、その対立を解体する。たとえば、普通はまず生産があり、その後に消費があると考える。しかしジャン・ボードリヤールの「消費社会」は、両者の関係を逆転させた。彼の言葉として、こう紹介されている。「西欧はつねに生産至上主義だった。しかし現在、生産と消費の関係は逆転した。」消費が生産に先立つのだ。同じように、この時期には文学理論と文学の関係も逆転した。とりわけ重要なのは、文学流派の消滅である。かつて文学には、写実主義、自然主義、ロマン主義など、さまざまな流派があった。ところが20世紀の70〜80年代になると、本当に力を持ち、新鮮だった流派は、むしろ理論の側にあった。世界を席巻した脱構築主義を例に挙げれば、70年代以降、どの文学流派もその影響力に太刀打ちできなかった。もっと具体的に言えば、日本では村上春樹の小説は恐ろしいほど売れたが、それによって以前のような流派が生まれることはなかった。実際に日本の80年代を導いた思想潮流は、批評家たちが作り出した「ニューアカデミズム」だった。
文学理論とは何かを定義するのは、異常なほど難しい。そう言ったのはポール・ド・マンであり、しかも彼は定義にかけては非常に長けた人物だった。彼の原文を訳せば、こうなる。「文学理論の最も重要な理論的意義は、それが定義できないことにある。」これは本当の意味での否定の否定だ。まず、文学理論は定義できない。これが第一の否定である。第二の否定は、否定する内容は変えず、内容を見る視点だけを変える。文学理論は定義できない。しかし、それはよいことなのだ。
コンパニョンが挙げる、文学理論の最良の定義となる短い言葉が二つある。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの意味で言えば、ある語の意味を知りたければ、その用法を見ればよいということだ。その二つは、次のものである。
- 理論は反常識である。
- 理論は戦いである。
理論は反常識である。だから理論は、理論そのものについての常識にも必ず反対する。これは認識論の問題だ。理論は戦いである。これは一つの態度であり、倫理学の問題である。
学問としての文学理論は、ある意味では最も非理論的なものだ。理論を飼いならしてしまうからである。コンパニョンはこう嘆いている。
本質的には、理論を呼び起こすとは対立を呼び起こすこと、対立を呼び起こすとは反乱を呼び起こすことだ。理論には逃れられない運命がある。それは学術制度によってある種の方法へと変えられ、いわゆる「回収」されることだ。