内容の要約
- 色調の変化について、おおまかに説明する。
- 最初のスタンド戦から、短い場面の演出を分析する。
- 最初のスタンド戦に出てくる、入れ子状に繰り返される映像を取り上げる。
この記事は演出分析というより、ノートの整理といったほうがいい。内容が多すぎるうえに話が広がりすぎて、焦点が定まっていないからだ。ただ、関連する基礎知識があまりない人にも読みやすく、入門教材としても使える。詳しい方には、あとで必要になったときに引ける資料集くらいに考えてもらえれば。
では、本題に入ろう。
今回のスタッフ(一部):
脚本:小林靖子
絵コンテ:髙橋秀弥
演出:髙橋秀弥
総作画監督:石本峻一
アクションディレクター(原著者注:アクション作画監督のこと?):片山貴仁
作画監督:横山謙次、千葉山夏恵
1. 色調の変化について、おおまかに
まずはオープニング(OP)から。第2話でようやくOPを見ることができた。その構成は分かりやすく、基本的には主人公チームの面々が順番に登場する。前半は、登場→人物のシルエットがベタ塗りになる、後半は、登場→スタンドが現れる、という流れだ。
OPの色使いだけでなく、スタンド戦にも色彩が変化する例はたくさんある。
『ジョジョ』シリーズは以前から色使いがとても特徴的だ。ただ、ここではいくつかの画面から簡単に色を拾うだけで、分析はほとんどしていない。この分野をもっと勉強してから、いずれシリーズの色使いをまとめて分析したい。

一枚作ってみたら作業量が多すぎると感じたので、ほかの比較図はひとまず作らないことにした。この一組だけで話を進めよう。まずは、それぞれの画面の中で、同時に見える色を比べる。どちらの画面も、三つの色相の位置を色相環上で結ぶと二等辺三角形に近い形になり、三色調和になっている。彩度にはかなり差があるが、いずれも彩度が高めの色を一つ使って、目立たせたい部分を強調している。上の画面では胸元、下の画面では肌と服だ。明度は、上の画面ではどの色も近い値になっている。同じ光の条件のもとにあるというリアリティを出すためだろう。下の画面では、そうしたリアリティは考慮していないし、考慮する必要もない。
同じ画面内の比較に続いて、今度は時間的に連続する二つの画面、つまり上下の画面を比べてみる。同じ部位の色相は、前後でいずれも166°以上違っていて、変化が大きい。一方、彩度と明度の変化にはとくに規則性が見られない。これも、彩度や明度の変化まで考慮する必要がないからだろう。
ちなみに、OPの人物は全員、三色だけのベタ塗りになっている(ごくわずかな色の違いは数えない)。ただし、パンナコッタ・フーゴだけは服が見えていないので二色だ。

続いて、スタンド戦での色調の変化。これも、もはやおなじみの芸といっていい。

スタンド戦が始まるところで色調が変わる。色相が大きく変化し、明度が下がっているのは明らかだ。ただ、色を拾って具体的に分析したわけではないので、ここではそれ以上のことは言わない。

先ほど色調を暗くしたことが、ここでは対比によって変化を際立たせているといえる。殴られると色調は通常に戻り、さらに少し露出オーバー気味に明るくなる。また、この組の三枚目では、画面のブチャラティより左の部分に見られるぼやけと、わずかに外へ放射状に広がる歪みにも注目してほしい。意識の暴走と、殴られた衝撃を表しているのだろう。

今度は、露出オーバー気味の明るさと周辺のぼやけがなくなり、画面が通常の状態に戻る。ちなみに、ここの演出はとても好きだ。波紋が広がるのに合わせて、色調が変わっていく。
2. 最初のスタンド戦から、短い場面の演出を分析する

ここからは最初のスタンド戦に戻る。この場面でジョルノは初めてゴールド・エクスペリエンスで人を殴る。ジョルノも観客も、具体的にどんな作用があるのかは知らない。電車が橋の下を抜けるときの外光の変化が、これからゴールド・エクスペリエンスの作用を見せるという合図になっている。
先ほどの色彩の話でも、ブチャラティが二度目にゴールド・エクスペリエンスに殴られたあとの色調の変化に触れた。実はここでも変化している。ただ、それほど目立たず、外から差し込む光が変わったためとも考えられる。けれども、よく見ると左下の画面は明らかに暗い色調になっている。差し込む日光が増えたあとの見え方とは思えない。つまり、ゴールド・エクスペリエンスの効果は、知覚や時間、環境のいずれかを変えるものだと暗示されているわけだ。破壊のような、直接目に見える効果ではない。

ブチャラティが一発殴られたあと、ゴールド・エクスペリエンスの効果が切れる。このとき、電車を映すカットでの変化はとても分かりやすい。それまでの青みがかった暗い色調から通常の色調へ、明らかに戻っている。先ほどの色調の変化と呼応しているのだ。
3. 最初のスタンド戦に出てくる、入れ子状に繰り返される映像

ブチャラティが殴られて歯が一本飛び、ゴールド・エクスペリエンスの効果が切れる。下段の中国語字幕は、自分の意識だけが急速に暴走していた、というブチャラティの気づきを示している。

これは、殴られたブチャラティの心の中の独白に重なる一連の映像だ。まずブチャラティの目元をアップで捉え、そこから瞳孔へ寄っていく。そして、瞳の中の光景から引いていくと、再びブチャラティとゴールド・エクスペリエンスを捉えるミディアムショットになる。面白いのは、最初に映しているのはブチャラティの肉体なのに、その瞳に映り込んでいるのは、ブチャラティの意識の側から見た光景のはずだという点だ(上に単独で載せた図を参照)。また、歯の飛び出す位置を見ると、この一連の映像が直前の場面と時間的につながっていることを示そうとしているのが分かる。
私の推測では、この見せ方は、ブチャラティの意識が肉体へ戻る際に、二つの視線――肉体としての自分と、意識としての自分の視線――が重なり合う状態を表すためではないか。ブチャラティの独白ともちょうど対応する。歯はブチャラティが視線を向ける先であると同時に、前後のカットをつなぐ手がかりでもある。
さらに、アップで捉えていた瞳孔が、今度は飛んでいく歯の背景となり、そのまま左下の画面の背景へとつながっていく。そこに、通常の車内の背景がディゾルブで重なりながら現れる。これによって画面が滑らかにつながると同時に、紫がかった黒い背景がブチャラティの思考にも対応している。その背景が消えると、ブチャラティの独白もちょうど終わる。
編者より(中国語版掲載時):勉強になりました。速音さんの次の分析も楽しみです。本文ではメンション(@)できないので、コメントか投稿でご本人のアカウントにメンションしてみます。
