
詮索はご無用。椅子の後ろは空っぽです。
はじめに:ひとまずゲームの外の事情は脇に置き、ゲームそのものについて語らせてほしい。本格的な批評と呼べるものではなく、プレイの楽しみを損なうネタバレもなしの雑談だ。まだ本作を知らない読者にはぜひ薦めたいし、すでに遊んだ読者には、ちょっとした豆知識や筆者なりの読み方をお届けできればと思う。

準備はいいか。潜伏を続けよう――
君の名は肖途。二年前の君は、上海で愛国の情熱に燃える一人の学生だった。街を駆け回っては「抗日救国」を叫んでいたが、若さゆえの血気が災いし、逮捕され、投獄されてしまう。釈放後、恩師の手配で日本へ留学。それから二年が経ち、かつての愛国学生としての君の姿は、とうに人々の記憶から薄れていた。恩師と組織は、君を敵の内部へ送り込むことを決める。敵の懐に潜むスパイとして、君はいかに機転を利かせ、その役目を果たすのか。次々に迫られる困難な選択。大局を守るのか、それとも情にほだされて手を緩めるのか?――公式紹介より
第一章:過去と現在
2015年の夏、筆者はノベルゲームの制作・配信サービス「橙光」で、『隐形守护者』の元になったゲームをクリアした。その衝撃は言葉にしがたく、すぐに短いレビューを書いて人に薦め、その後も何年もの間、中国製のテキスト主体のゲーム(あるいはビジュアルノベル)にどんな傑作があるかという話になると、ほとんど必ずこの作品を挙げてきた。中国のノベルゲームの可能性を信じない人や、原作の作りが粗いというだけで見向きもしない人に出会うたび、筆者は悔しくてたまらなくなる。そして大声で叫びたくなるのだ。中国にもノベルゲームを生み出す土壌はある。他に引けを取らない面白い作品もある。それどころか、粗い作りの「選択肢+物語」だけでプレイヤーを震わせる作品だってあるのだ、と。
とはいえ、原作の作りの粗さが、その魅力を多くの人に知ってもらう妨げになっていたのは確かだ。こんなに優れた作品なのに、多くの人は出会わないまま終わってしまうのかもしれない。次第にそう思うようになっていた……。

画面には「インタラクティブ版」「新たなインタラクティブ映像作品」「クリックして開始」とある。
ところが今年の初め、夢でも見ているかのように、リメイクの知らせが耳に入ってきた。しかも、ただのリメイクではない。プレイヤーの選択で物語が分岐する、実写のインタラクティブ映像ゲームだ。一千万元を投じ、数年がかりで作り上げたという。筆者は驚き、喜び、そして不安になった。
驚いたのはもちろん、これほど埋もれていた作品の価値を見抜き、膨大な時間と資金をかけてリメイクしようという人がいたことだ。何しろ本作が扱うのは、抗日戦争を舞台にした諜報戦。近年、荒唐無稽で質の低い抗日ドラマ、いわゆる「抗戦神劇」が大量に作られたせいで、信頼できる相手から強く薦められでもしない限り、「抗日の諜報もの」と聞くだけで眉をひそめ、それ以上知ろうともしない人さえいる。結果がどうなるにせよ、そんな状況で踏み出した制作側の度胸には、心から敬意を抱く(インタビューを読めば、どれほど大きなリスクと重圧を背負って本作を完成させたかがわかる)。
うれしいのは、丁寧に作り直されたことで、より多くの人たち――つい「理想の守護者たち」と呼びたくなる――が、この作品の内に燃える、ひたむきで純粋な心に触れられること。不安なのは、よくあるように、リメイクや改変によって、粗くても飾り気のない原石のような原作のよさが壊されてしまわないか、ということだった。
惜しいところもある。だが全体としては、原作者も力を尽くしたこのリメイクは、筆者個人の期待を裏切らなかった! まだ遊んでいない読者も、どうか安心して潜伏の旅へ踏み出してほしい!
第二章:ゲームのいくつかの特徴を読み解く
ディオニュソス的芸術もまた、存在の永遠の喜びを私たちに信じさせようとする。……私たちは、個として存在することの恐ろしさを直視せざるをえない。だが、恐怖に立ちすくむには及ばない。形而上学的な慰めが、移り変わる世の煩わしさから、ひととき私たちを解き放ってくれる。――ニーチェ『悲劇の誕生』第17節(本記事の中国語引用からの訳)
まず向き合いたいのは、もちろん『隐形守护者』の物語がどのような主題を扱っているかだ。題材を手がかりに、原作と同じノベルゲームや、それに近い形式の作品を広く見渡してみたい。厳密に同じジャンルというわけではなく、家族的類似性、つまり部分的な似かよりが重なり合う作品群という意味だ。抗日戦争を舞台にした諜報ものは、映画、テレビドラマ、小説といった他の形式では、すでに膨大な作品の蓄積がある。ところがノベルゲーム/ビジュアルノベルには、多少のSFやファンタジーの要素があっても、高校生を主役とする学園恋愛ものが多い。その中で、抗日戦争を舞台にした諜報ものはひときわ異彩を放っている。そもそもまったく別種の作品なのではないか、とさえ思えてくる。

もちろん筆者は、中国にも海外にも、学園恋愛もの以外のノベルゲームはないと言っているのではない。まして、優れた学園恋愛ものがないと言いたいわけでもない。それでもなお、『隐形守护者』はひと味違うのだと強調したい。少なくとも筆者には、本作が中国製ノベルゲームの一つの可能性を示しているように思えるからだ。つまり、プレイヤーも作り手も、ノベルゲームで扱える題材の幅をもっと広く考えてもよいのではないか。思い込みを打ち破り、もっと多彩な題材の面白い物語を作り、体験してみよう! 『隐形守护者』の面白さと成功は、その可能性を示している。中国製のノベルゲームにも、こんなふうに評価される道があったのだ!
『隐形守护者』の話に戻ろう。本作の物語は、国家や民族の盛衰、戦争、生死、信念といった、きわめて重要で大きな主題に正面から向き合っている。そして、地下で活動する一人の英雄が送る、思いがけない波乱に満ちた、胸を打つ生涯を通じて、登場人物たち(そして作者)がそれらをどう考え、何を選ぶのかを、プレイヤーの前に示す。個々の考え方に賛成するかどうかにかかわらず、プレイヤーの精神は大いに陶冶されるのだ(少々おかしな言葉かもしれないが、つい使いたくなる)。アリストテレスのおなじみの議論を借りるなら、私たちは、敵に囲まれた危険きわまりない状況での主人公たちの悲劇的な行動や境遇を、身をもって体験することはできない(もっとも、距離があるからこそ、自分が登場人物になってしまうわけではないと自覚していられる)。それでも、物語の中で重い苦しみを背負う人物と、その身に起きる出来事を見つめることで、恐れと憐れみが呼び起こされると同時に、精神も浄化される(カタルシス)。『隐形守护者』のように、この浄化の感覚を呼び起こす作品は、同じジャンルでもそう多くない。同じく大きな主題と向き合う、近いジャンルの傑作といえば、もちろん『Detroit: Become Human』が思い浮かぶ。もっとも、あちらは人間と機械、心とプログラムの違いをめぐる物語だが。

中国語の表示を訳すと、問いは「なぜ日本人のために働くんだ?」。左の選択肢は「強大な大東亜共栄圏を築きたいからです!」、右は「ただ自分の身を守りたいだけです」。上部には「この選択は今後の展開に大きく影響します。慎重に選んでください!」という警告が出ている。
次に、本作のゲーム性(笑)を支える主な要素の一つ、選択肢について話したい。選択肢によって、私たちは異なるルートや結末へ進む。選択肢によって、さまざまな人物の好感度が、それぞれ違った具合に変わる(どう選んでも好感度が下がる誰かさんもいるけれどね、笑)。選択肢によって、私たちは生死や勝敗を分ける決断を下す。時には、ほんの一瞬のうちに。

画面内の表示の訳:「第三章・生と死の道」。この章の重要人物は庄暁曼、好感度は14。下部には「この章の探索率:100%」「この章のエンディング達成数:10/10」「全章」。
分岐図の場面名の訳(展開に関わる文言を含みます)
- ……の探り(画像の左端で一部が切れている)
- 庄暁曼の問い詰め
- 庄暁曼の後ろ姿
- 孫祖明について
- 赤いバラと白いバラ
- 「巧妙な」策
- 久しぶりの再会
- 方敏を犠牲にする計画
- 武藤の裁き
単純な選択肢に、これほどの妙味が隠れている。プレイヤーはまさに潜伏しているかのように、一瞬も気を抜けない緊張感を肌で感じるのだ。選択肢が本作には欠かせない仕組みなのは明らかだろう。選択肢がなかったら本作はどうなるのか、まるで想像がつかない。本作はたしかに単なる小説ではない。選択肢を通じて、はっきりとは捉えきれないながらも、ある種のゲーム性が生まれていると言える。「一つ選び間違えれば、死亡エンドへご案内」という選択肢が、予測不能に、四方八方から、途切れることなく迫ってくる(つい修飾語を三つも並べたくなった)。すると筆者は、昔『Fate/stay night』の原作ゲームを遊んだときも、こんな感じだったなと思い出す。選択肢が多い、間違えたらさようなら、またおなじみの大河に会って、涙……。ノベルゲームにせよ、インタラクティブ映像ゲームにせよ、選択肢の仕組みをうまく使えば、本作のようにゲーム全体をぐっと輝かせられるはずだ(インタビューによれば、制作側がこの原作を選んだのも、二つの形式がまさにベストマッチだったからだという)。

中国語攻略表にある選択肢の意味を、順に示す。数字は各場面の選択肢番号で、右欄の「記載なし」は元の表に対応する記述がないことを表す。
| 選ぶ選択肢の内容 | 別の選択肢とその結果 |
|---|---|
| 1. 遠坂を引き離す | 2. 目を閉じてライダーに斬りかかる → BAD END 29 |
| 2. 桜を守る側になりたい | 1. 正義の味方としての道を貫く → BAD END 30 |
| 3. ライダーに食べないのかと尋ねる | 記載なし |
| 2. 急いで様子を見に行く | 1. その場に残る → BAD END 32 |
| 2. イリヤを守り抜く | 1. 遠坂を連れ戻す → BAD END 33 |
続いて、本作はなぜ実写映像なのか。なぜ二次元キャラの立ち絵や3Dアニメーションではないのか。そして、なぜ全編がパワポのスライドショーでも動画でもなく、静止画と動画を交えているのか。このあたりを考えてみたい。最初の問いには、ごく簡単な答えがある。原作も実写の立ち絵を使っていたからだ。原作のプレイヤーたち(おそらく制作側も)は、初めこそ実写の立ち絵に戸惑ったものの、遊ぶほどに「これもなかなかいいじゃないか.jpg」と感じるようになったという。ならば、リメイクでも実写映像を採用したのは自然な流れだろう。さらに、深読みかもしれないが(笑)、筆者なりの推測もしてみたい。『隐形守护者』のような諜報ものには、先に見た映画やドラマのイメージも重なるし、物語そのものにもある種の重みがある。そうした点からも、実写映像がしっくりくるのだ(つい連想するのだが、3DCGアニメーションにはどこかテクノロジーを感じさせる雰囲気があり、それが『Detroit: Become Human』の未来の世界によく合っている←無責任な思いつきかもしれないけれど)。

では、なぜ全編がパワポでも動画でもないのか。これについては制作側が明確に説明している。すべてを動画や映画のようにすると、画面から絶えず大量の情報が提示され、プレイヤーが一部を見落としてしまうかもしれない。一部をパワポ風にすることで(まあ、正確でも中立的でもない呼び名だが、ここは冗談ということで)、手がかりや俳優の演技など、作品内の情報をよりしっかり捉えられるのだという。もちろん、どこかで「結局、予算が足りなかっただけでは?」と思ってしまうのだけれど(笑)。

もう一つ付け加えておきたい。本作は主に肖途の視点で物語を語る一方、回想の挿入(回想で泣かせるやつ?)、後から事情を明かす語り(象徴的なモチーフの意味を明かしたり、謎を解いたり)、複数の人物を並行して描く語り(群像劇的な要素)をかなり多く取り入れて、物語の構成に厚みを持たせている。さらに、本筋とは別に、個々の人物のエピソードもある。こうした工夫が全体の単調さを防ぎ、物語を楽しむプレイヤーに、「次々と波が押し寄せ、行き詰まったかと思えば道が開けるようなリズム」を感じさせてくれる。
ゲームの音楽、カットごとの構図、もちろん、多面的な人物造形や、その人物を演じる俳優たちの見事な演技なども、みな称賛に値する! ただ、筆者には知識の限界があるし、ここではネタバレなしの推薦と、いくつかの点を読み解くことにとどめたい。こうした大切な見どころの詳しい分析は、他の論者にお任せすることをどうかお許しいただきたい。その代わり、差し障りのない小ネタを一つ。
終盤、庄暁曼が肖途に潜伏が好きだと語るくだりは、もちろん諜報ドラマの傑作『潜伏』を思い出させる。あちらの余則成も、最後には庄暁曼と同じ場所へ向かい、潜伏を続ける。その結末近くの場面で、彼も潜伏が好きだ、刺激があるからと、意味ありげに語るのだ。『潜伏』へのオマージュは、もちろん作者が意図して仕込んだものだし、原作の立ち絵にも同作を参考にしたものがある。

中国語字幕の訳:「大股で進み、戦いの歌を高らかに歌う。」
第三章:ゲームの外で
第三章では、やはり冒頭の約束を破って、『隐形守护者』のゲームの外にある面白い点をいくつか話したい。まず、本作をずっと追ってきた人なら気づいているだろう。先ほども書いたように、『隐形守护者』は諜報戦という題材にしても、ノベルゲームを下地とするインタラクティブ映像ゲームという形式にしても、もともと人気を得やすい条件ではなかった。それなのに、発売後、人気は徐々に高まっていった。筆者が見たところ、これには、さまざまなコミュニティの実況配信者たちが本作を遊んだことが大きく関わっている。人気の配信者がプレイすることで知名度が大幅に上がり、作品のよさという「酒の香り」がネットのあちこちのコミュニティへ漂っていく。さらに、各プラットフォームのゲームメディアからも称賛され、広められていった。
もう一つ気づいたのは、本作が全編を一度に公開してそれで終わり、という形ではなく、章をいくつかずつ分けて公開したことだ。このため、後から本作を知った人や個人で情報を発信する人、実況配信者も、発売直後の盛り上がりを逃してなお、新しい展開を楽しみ、語り合う輪に加われた。本作の名と評判は、波が次の波を呼んで大きくなるように、さまざまなコミュニティへ広がっていった。これも本作の人気を後押ししたのかもしれない。こうした広まり方には、体験版と正式な本編を別々に公開するやり方にも通じる可能性がありそうだ。
このような広まり方は、本作だけではない(というより、たくさんあるのだが、ここでは一例だけ)。『Detroit: Become Human』もさまざまなプラットフォームの実況配信者に好まれ、そのプレイによって知名度を大きく伸ばした作品だ。もちろん、両者の事情は異なるし、ここから因果関係を導くことはできない。強い相関があると言えるだけだ。それでも、これからのゲーム、特に「よい酒でも、路地の奥では香りに気づいてもらえない」と心配するような作品は、こうした広まり方を参考にしてみてもよいのではないか。作り手と配信者の双方にとって、得になる形が見つかるかもしれない。
次に、もう少し話を広げてみよう。実況配信者は「個人発のメディア」であると同時に、実は作品の受け手の一員でもあり、遊んだ感想を配信の視聴者と共有している。『隐形守护者』のように知名度が急速に高まった例は、制作や宣伝に携わる人々にも示唆を与える。ただ資金をつぎ込み、上から一方的に受け手へ売り込むやり方は、効率がよいとは限らないし、予算の限られた中国のゲーム制作チームには向いていないのかもしれない。近年の文化市場では、受け手が自発的に作品を評価し、選び取る力が増しているのを、筆者はますますよく目にするようになった。楽観的に言えば、作り手は高額な宣伝費ではなく、質の高い作品によって消費者の一票を得なければならなくなるだろう。これからを見守りたい。

最後に、諜報戦や潜伏を題材にすることについて、一言述べたい。中国には『潜伏』『暗算』『悬崖』など、優れた諜報ドラマがある。そして今、新しい体験をもたらす『隐形守护者』が加わった。プレイヤーも、潜伏とはどんなものかを自分で体験できるのだ。このことは、広く親しまれてきた王道の題材は廃れない、いや、題材それ自体がつまらなくなるわけではないと教えてくれる。つまらないのは、粗製濫造された物語のほうだ。必要なのは、作り手――とりわけ脚本家やシナリオライター――が物語に真摯に向き合い、心を込めて作る姿勢だ。作品が面白いかどうかを決めるのは題材ではなく、物語そのものの出来である。いわゆる王道の熱血少年漫画と同じだ。物語さえうまく語られていれば、読者が友情・努力・勝利の物語を拒むことはない。中国のゲーム、とりわけノベルゲームやインタラクティブ映像ゲームも、このことを踏まえて、物語をうまく語ること、よい物語を語ることを、これからもっと大切にしてほしい!
筆者の力量ではこのあたりが限界なので、そろそろ筆を置こう。まだ本作を知らなかった人が、これをきっかけに少しでも興味を持ってくれればうれしい。すでに遊んだ人には、もっと作品そのものに目を向けて味わい、何か新しいことを知り、『隐形守护者』のいくつかの欠点にも寛容になってもらえたらと思う。完璧ではないが、見事な作品と呼ぶに値する。どうか、もっと応援し、温かい目で見てほしい。ああ、最後に。コメント欄では、プレイの楽しみを損なうネタバレをしないでください!!!――誰かが、あなたの答えを覚えているだろう。

画面内の文言の訳:「红色芳华」(紅き青春)。「あなたが共にいてくれるから、私たちのしてきたすべてに意味がある。」
編者より
ちょっと茶々を入れて、この真面目な空気を和らげておこう(笑)。

でも……遊んだ人ならわかるはず。俳優の皆さんをはじめ、作り手の皆さんに感謝!