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弓道文化から見る、京アニの新作アニメ『ツルネ』

和弓の構造や歴史、射法八節をたどりながら、『ツルネ』第1話が弓道の所作と射手の精神状態をどう描いているかを見ていく。

著者: 长门有希的水瓶翻訳: 甚谁Bot[AI assisted] · 全文レビュー: 甚谁Bot[AI assisted] · 全文

月明かりと桜の花びらに包まれた夜多の森弓道場

大雨がひとしきり降ったあと、京アニの10月新番組『ツルネ ―風舞高校弓道部―』がやってきた。ほかの秋アニメの多くがすでに第2話、なかには第3話まで進むころになって、『ツルネ』はようやく姿を見せた。夜、お茶をいれてパソコンの前に座り、bilibiliを開く(第1話は会員でなくても見られる)。画面を流れるコメントを消して、日本文化の香りに満ちたこの新作を味わい始めた。

正直、私はBLっぽいアニメにはもともと惹かれないし、アニメの売上などにも関心はない。この作品を見るのは、日本の弓道文化が、京アニおなじみの細やかな描写にどう織り込まれるかを知りたいからだ。第1話を見終えたところで、自分の弓道の知識をもとに、このアニメを読み解いてみようと思う。

第1話の印象は、なかなかよかった。人物の登場のさせ方も、その後の心情描写につながる布石もいいが、何より細部がいい。弓道は儀式的な色合いの濃いスポーツだ。あるいは、今日の弓道は、人に見せるための儀式になったと言ってもいい。優れた射手なら、弦音(つるね)を聞けば相手の腕前が分かる。そして、儀式的なものは往々にして、人の精神状態と深く結び付いている。技術があっても、自分の「心」をつかめなければ意味がない。京アニは第1話で、そのことを十分に描いてみせた。心と体が結び付いてこそ、弓道なのだ。

『AIR』夏編で、矢を背負って並ぶ武人たち
『AIR』夏編

画像内の中国語字幕の意味:私たちも神奈備命に従って、新しい神社へ行くのか、という問い。

弓矢という武器が最初に現れたのはいつなのか、今となっては確かめようがない。ただ、私は相当に古いものだと思っている。おそらく、人類が槍を使い始めたころと変わらないのではないか。ほかの要素を考えなければ、弓の作り方はきわめて単純だ。ある程度しなる木と、革や丈夫な植物繊維のように引っ張っても切れにくい素材があれば、それでできてしまう。矢はもっと簡単で、矢の軸の先を尖らせるだけで殺傷力を持つ。だから弓が登場したのは、少なくとも人類が骨や石の武器を使い始めた時代と同じくらい、ひょっとするとそれより早かったのだろう。この道具の単純さは、『ツルネ』第1話で先生が、弓道に必要な道具は弓と矢と弽(ゆがけ)という手袋の三つだと説明する場面にも表れている。道具はこれほど単純なのに、扱うのは簡単ではない。そこにも弓道の真髄がある。

そういえば、京アニがアニメで弓矢を描くのは、これが初めてではない。すでに『AIR』の夏編にも弓を射る姿があった。ただし『ツルネ』はそれとは違う。先ほど述べたように、ここでの弓矢は、もはや武器ではなく、儀式の道具なのだ。儀式にはさまざまな細部があり、京アニにはその一つひとつを忠実に描くことが求められる。

夜の道場で肌脱ぎをし、弓を手に立つ射手

弓の種類

弓の形や作りを分類する基準はいくつもあり、その体系はかなり複雑だ。ひと言ふた言では説明しきれない。

弓の本体の作り方から見ると、大きく単材弓と複合弓に分けられる。単材弓とは、その名のとおり、本体がひと続きになっていて、一種類の材料で作られた弓のことだ。材料にはふつう木や竹を使う。一方、複合弓はいくつかの部分を組み合わせて作るもので、材料も異なることが多い。たとえば木材と動物の腱や角を合わせたり、木材、竹、動物の腱や角、さらには金属まで組み合わせたりする。

同じ大きさなら、一般に複合弓のほうが単材弓よりも多くのエネルギーを蓄えられる。材料の違いによるものだ。簡単に言えば、より遠くへ飛ばせるということだ。単材弓はこの弱点を補うため、ふつうは大きめに作られる。そうすれば、蓄えられるエネルギーを増やして射程を伸ばせる。大型の単材弓はたいてい長弓で、有名なイングランドのロングボウや、中国のトゥバ弓がこれに当たる。かつての長弓は長さ1.5メートル以上のものが多く、なかには2メートルに達するものもあった。現在では、一般に1.6メートルを超える弓を長弓と呼んでいる。もちろん複合構造の長弓もあり、必ずしも単材弓とは限らない。

長弓は通常、先端の反り返り、つまり反曲のない弓だ。先に挙げたイングランドのロングボウも、中国のトゥバ弓も、一本の木で作られた反曲のない弓である。

ここまで挙げたのは大まかな区分にすぎず、ほかにも多くの分け方がある。たとえば先端部の長さで分けるなら、短いものにはスキタイ弓、トルコ弓、タタール弓、韓国弓などがあり、長いものには匈奴弓、ハンガリー弓、ペルシャ弓、エジプト弓、インド弓などがある。これらをさらにまとめれば、おおむねトルコ弓やハンガリー弓といった、いくつかの大きな系統に収まる。弓によっては、その違いがごくわずかだからだ。

現在は、多くの弓をトルコ弓の系統にまとめて呼ぶのが一般的で、中国語ではこれを略して「土弓」と呼ぶ。一方、中国の清代の弓、青海弓、蒙古弓など、やや特殊な弓もある。形はまったく同じではないが、共通する特徴が多い。たとえば、いずれも弦を受ける台、「弦台」を備えている。弦を張ると、弓の片側にある小さな突起が弦を押し上げ、弓の本体から離す。こうした弓は、本質的にはどれも蒙古弓に分類できる。

現在の弓の競技では、弓をトルコ弓、ハンガリー弓、蒙古弓、韓国弓、長弓、和弓といった種類に分けることが多い。これは弓の形と射術を合わせて考えた分類だ。そのなかでも韓国弓と和弓の射術は、最も体系が整っている。

さて、ここからは『ツルネ』に登場する和弓の特徴を見てみよう。

まず長さで言えば、和弓の標準は2.2メートルだ。アニメでも、弓を背負うと、その長さが人の背丈をはるかに超えることがよく分かる。上から見た場面を一枚挙げて、和弓の長さを示してみよう。作り方から見ると、和弓は複合弓の一種になる。なぜそう言えるのかは後で述べる。エネルギーを蓄える仕組みから見ると、反曲のない弓だ。

弓が立てかけられた道場に集まる生徒たちを上から見た場面
弓の長さと人の背丈

和弓の特徴をまとめてみよう。

先ほどの分類に従えば、日本の和弓は反曲のない長弓で、材料は竹、長さは2メートル以上となる。

和弓はとても特殊な弓だ。まず、その形が上下対称ではない。握りの位置を中心とすると、そこから上の部分が下の部分よりもはるかに長い。こうした形は世界的にも珍しく、現在知られているものでは、中国古代の匈奴弓や西域の洋海弓など、ごく少数に限られる。ただし、匈奴弓も西域の洋海弓も、ある程度の反曲を持つ複合弓だ。

和弓にはもう一つ特徴がある。主な材料は竹だが、その竹を何層か重ねて作られているのだ。一般には、弦に面する内竹(うちだけ)、中央の中打ち、外側の外竹(とだけ)という三つの部分で本体ができている。したがって和弓は、反曲のない複合弓ということになる。

もちろん、どんなものにも発展の過程がある。日本の和弓も、昔からずっと一種類の材料だけで作られてきたわけではない。

道場の壁際に立てかけられた弓と、箱に収められた矢
和弓

画像内の中国語字幕の意味:せっかく学校にこんな立派な弓道場があるのに、という言葉。

中国の史書『三国志』東夷伝によると、倭人は武器に矛と木弓を使う。木弓の形は「木弓短下長上」、つまり下が短く上が長いと記されている。竹の矢には鉄または骨の鏃(やじり)を付け、産物の有無も儋耳(たんじ)・朱崖(しゅがい)と同じだという。これを見ると、漢・魏の時代の日本人は木弓を使い、しかもすでに上が長く下が短い非対称の形をしていたことが分かる。同時に、この弓が日本土着の武器であり、外来文化の影響を受けていないことも示している。日本ではこの弓を「丸木弓」と呼ぶ。

10世紀ごろになると、日本では木と竹を組み合わせた「伏竹弓」が現れ、12世紀には竹と木の三層構造を持つ「三枚打弓」へと発展した。15~16世紀には木の芯を竹で包むようになり、「四方竹弓」が作られた。そして戦国末期から江戸初期にかけて、ようやく「弓胎弓(ひごゆみ)」が完成した。竹を主な材料とし、層ごとに加工や組み方が異なる、複雑な作りの弓だ。これが現在の日本の和弓につながっている。

現在、日本の弓道で使われる和弓は、江戸時代の「七尺三寸」という基準に沿って作られている。約221センチで、世界最長の弓と言われる。握りは中央より下寄り、下から3分の1の位置にある。

こうした上下の長さが違う弓は、普通の弓よりもはるかに扱いを身につけにくい。長期にわたる体系的な訓練を受けなければ、自分を傷つけやすいばかりか、高い命中率も得られない。また、並外れた長さがあるため、持ち運びにも射る姿勢にも相応の工夫が必要になる。ところが残念なことに、その殺傷力はあまり高くなく、日本で作られた大鎧さえ貫くのは難しい。そのため、日本の弓は、古代の戦争で用いる武器としては大きく発展しなかった。習得や鍛錬の難しさ、手入れにかかる費用などもあって、やがて弓は貴族のスポーツの道具となり、形式や立ち居振る舞い、精神文化における意味がより重んじられるようになったのである。

夜多の森弓道場の入口に立つ湊

日本の弓道

日本の弓道は、世界の射術のなかで、現在最も体系が整っている。日本人自身も、この体系は中国文化から大きな影響を受けていると言う。また、弓を用いるスポーツのなかでも会員数は世界最多で、正式な登録会員は12万人に上る。だからアニメの弓道部にも、あれほどたくさんの人がいるわけだ。

道場で生徒たちに説明するトミー先生と、その隣に立つ静弥

画像内の中国語字幕の意味:弓道に最低限必要な道具の数を、みんなは知っているか、という問い。

日本の射術は、用途で分けると「礼射」(「文射」ともいう)と「武射」の二つになる。それぞれ儀式性と実戦性を重んじるものだ。一方、形式で分けると、騎射、歩射、堂射の三つがある。

騎射とは、武士が馬に乗り、走りながら矢を射るものだ。儀式や競技には流鏑馬、笠懸、犬追物があり、合わせて「騎射三物」と呼ばれる。このうち流鏑馬の礼法は、最初は896年(寛平8年)に天皇が定めたと言われている。その後、徳川幕府の時代に、弓道を家業とする小笠原家が家伝の弓道書を参照し、1724年と1728年に改めて作法を定めた。今では、日本各地の神社で行われる儀式の重要な一部となっている。

歩射は騎射に対する呼び名で、戦場で徒歩の弓兵が矢を射たことに始まる。そのため、より射術を重んじ、儀式的な要素は比較的少ない。

堂射の始まりは、1156年だと言われている。ある武士が京都の蓮華王院三十三間堂で、南から北まで約121メートルを一本の矢で射通して的に当てた。その後、射手たちが三十三間堂に集まり、弓の腕を競うようになったという。この競技が「通し矢」と呼ばれるものだ。やがて各地に広がり、東大寺西回廊(約106メートル)や江戸三十三間堂(約122メートル)などが有名な会場となった。その後さらに、一昼夜を通して何本射通せるかを競う「大矢数」、千本または百本のうち何本射通せるかを競う「千射」「百射」など、さまざまな種目が生まれた。

江戸初期になると、徳川幕府の参勤交代制によって、各藩の弓術家にも、京都や江戸の三十三間堂でこうした弓術の腕を競う機会がたびたび訪れるようになった。江戸三十三間堂で一位となり、最高記録を保持すれば「江戸一」という称号を得られることもあって、当時は出場者が後を絶たなかった。

現在、京都の三十三間堂で行われている成人を祝う弓の行事は、この堂射の「通し矢」が発展し、形を変えたものだ。堂射は、日本の射術の発展にかなり大きな役割を果たした。

アニメに描かれているのは明らかに堂射だ。これまでの経験をもとに目測すると、『ツルネ』での射距離は約60メートルで、三十三間堂ほどの規模はありえない。

まとめると、『ツルネ』の弓道は、競技としての性格を持ち、儀式的な色合いの濃い堂射である。使われているのは、長弓で、反曲のない複合弓。現代日本の和弓に属するものだ。

弓と矢を持って横一列に跪坐する競技中の射手たち
堂射――弓と矢を持って跪坐(きざ)する射手たち

画像内の中国語字幕の意味:今行われているのは男子団体戦の決勝、という説明。

最後に、第1話の終盤に出てくる弓道の手順について話そう。多くの人が聞いたことがあると思う。「射法八節」だ。第1話の終わりで、鳴宮湊が射法八節に沿って実演しているのは間違いない。ただ、心得のある人には、湊が精神面の問題から、射法八節の真髄を十分には体現できていないことが見て取れる。

足踏み

弓を持って射る準備をするとき、射位(しゃい)で的に向かい、両足を開いて立つ段階だ。ここでは足元が重要になる。左手で弓を持つ形を前提に、矢を持った右手を腰からどれほど離すか、両足の間隔や角度をどうするか、足の指で地面をつかむ強さとその方法、さらには一足で踏み開くか、二足で踏み開くか、その手順に至るまで、きわめて細かな決まりがある。だから、ここでは射法八節の八つの段階を、ごく簡単に紹介するにとどめる。本当の弓道を身につけるのは、とても難しい。アニメの湊は弓道の作法を厳密に守っていたわけではなく、形だけ作法をなぞって、そこへ歩いていったにすぎない。

胴造り――体を整える

生徒たちが見守るなか、弓と矢を持って射位へ進む湊
生徒たちが見守るなか、射位へ進む湊

画像内の中国語字幕の意味:まず礼をし、すり足で決められた位置へ進む、という説明。

足踏みを終えたら、上半身の姿勢を安定させ、整える段階に入る。同時に、弓の下端を左膝の位置まで上げ、弓を正面へ向ける。ここで注意するのは上半身だ。

弓構え――矢をつがえる

弓と矢を持って跪坐する湊の膝元
跪坐する湊の膝元

弓を構えて矢を引き、射るための準備をする段階だ。「取掛け」「手の内」「物見」の三つからなり、さらに礼射系の「正面の構え」と、武射系の「斜面の構え」という二つの形式がある。

打起し――持ち上げる

弓と矢を扱う湊の手元。右手には紫の紐で留めた弽
弓と矢を扱う湊の手元

画像内の中国語字幕の意味:自分はもう大丈夫だ、と繰り返す言葉。

矢を弦につがえ、両手を高く上げる。正面の構えから続く「正面打起し」と、斜面の構えから続く「斜面打起し」の二つの形式がある。

引分け――引き分ける

両足をそろえて立ち、弓を持つ両手を顔の高さに上げた湊
弓を掲げる湊

画像内の中国語字幕の意味:次に立ち上がり、自分の立つ位置を定める、という説明。

矢をつがえた弦を引き始め、両手を左右に伸ばし、矢を目の高さへ下ろしてくる。引分けには三つの形式がある。正面打起しからは、礼射に由来するものと武射に由来するものの二つに分かれ、斜面打起しからは、そのまま一つの形式となる。

弓を頭上に掲げた湊を後ろから見た場面

会(かい)――集中

引分けが終わると、狙いを定める状態に入る。矢は右の頬に付き、鼻と唇の間に位置する。京アニは、この頬に付くという細部にも気を配っている。アニメではわずか1秒の場面だが、見ていた人たちはみな、この細部に気づいただろうか。

離れ――離す

湊の頬に接する矢と、弦を引く右手の接写
会の瞬間――湊の頬に接する矢

矢を放つ。中国では、ふつうこれを「撒放」と呼ぶ。

道場の庭を飛んでいく矢

残心

矢を放ったあとの状態を指す。一定の姿勢を数秒保ち、心も体もひと息の間、その状態にとどめる。このときの精神の状態を「残心」、体の状態を「残身」と呼ぶ。つまり、この段階でより重視されるのは、矢を放ったあとの射手の心のあり方、精神状態なのだ。私はここがきわめて重要な段階であり、弓道の真髄の一つだと思っている。

湊の試射を見守るトミー先生と生徒たち

画像内の中国語字幕の意味:みんなに見られているので緊張したのか、という問い。

本当の残心を見たければ、夜多の森弓道場での滝川雅貴の実演を見るといい。彼の動きは弓道の作法にかなっている。ただ、最初にも述べたように、これは技術だけでなく、心の持ち方の問題でもある。鳴宮湊に欠けているのは「心」だ。だから、完全な弓道とは言えないのである。

夜の道場で弓を引き、会に入る滝川雅貴

画像内の中国語字幕の意味:集中した状態の美しさへの感嘆。

矢を放ったあと、両腕を開いた姿勢を保つ滝川雅貴

ここまで書くと、京アニがこの先をどう描くかも、だいたい想像できる。これからは心を探す過程が軸となり、最後には主人公が弓道の境地、あるいはさらに高い境地へとたどり着くのだろう。ここから先は登場人物の心情を描くドラマになるわけだが、弓道という題材は京アニに合っていると思う。脚本がどうかはひとまず置くとして、弓道には細部まで忠実に描くことが求められ、そこまで辛抱強く描けるのは京アニくらいだろう。加えて、日本文化を作品に織り込むことも、高校生の部活ものも、京アニの得意分野だ。京アニが王道の学園ものに戻ってきたのだから、期待してみたい。弓道を題材にしたアニメは少ない。私は弓道を楽しむ気持ちで、この作品を見ていこうと思う。京アニがちょっとした驚きを見せてくれることを願っている。

本文終わり

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