
世界のない時代に、無意味な愛を広める。
訳注:表題は原記事のまま。扱われる作品は『テコンダー朴』。あらすじ中の台詞や技の呼び方には、記事の筆者による意訳・要約が含まれる。
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『テコンダー朴』はこんなふうに始まる。今や韓流の天下。韓国ドラマ、韓国の歌手、韓国のIT……さらには格闘技まで。そんななか、ひとりの(韓国の)男がいて、そいつは……。
ちょっと意訳すると、「強さは野獣先輩並み、男前ぶりはペ・ヨンジュン以上」。これがその男の自己紹介だ。

第1話:大韓民国最強の男、列島上陸!
登場するなり道場破り。しかも相手は、最強の男・覇皇(日本人)が開いた会館だ。あっさり道場破りを済ませた朴星日は、コリアンタウンの小さな店で楽しくキムチを食べていたところ、韓国を憎む日本人に襲われる。店は日本人にめちゃくちゃにされ、怒った朴は必殺技のひとつ「重根」(伊藤博文の暗殺に成功した安重根にちなむ)で相手を倒す。その勇姿が謎の人物の目に留まり、覇皇会館武闘大会への出場権を手に入れる。
第2話はまず、テコンドーには五千年の歴史があり、中国拳法も空手もそこから生まれた、という紹介から始まる。続いて朴は、朝鮮人の集住地区で在日朝鮮人たちに出会う。朝鮮人の長老のひとりは、世界一の国・韓国からわざわざ日本へ来たことに驚く。朴にはどうしても会わなければならない相手がいるという(覇皇のことかもしれないし、兄のことかもしれない。いや、両方である可能性がいちばん高い)。話している最中に、朴たちは日本人に襲われる。在日朝鮮人を狩る「在日狩り」と称して、朝鮮人の女の子を辱め、男たちを棒で殴りつける連中だ。長老は、ずっと耐えてきたのだという。怒った朴は必殺技「奉昌」(昭和天皇の暗殺を試みた李奉昌にちなむ)で日本人の野郎どもを叩きのめし、在日朝鮮人たちに、自分たちも世界で最も優秀な民族の一員なのだと悟らせる。
第3話は、父の仇をめぐる話だ。朴の父が覇皇に倒された悲惨な過去が語られる。覇皇(日本人)は世界最強の男で、「現人神」と呼ばれ、負けたことがない。しかも、その武力で世界を支配しようと企み、無数の道場を潰してきた。かつて韓国最強の男だった朴の父も、覇皇の道場破りに遭う。自分では敵わないと分かっていた父にも、切り札はあった。テコンドーの究極奥義「南北統一」の秘密を、わずかながら知っていたのだ。この究極奥義を描いた壁画は日本帝国主義によって封印され、その謎はいまだに解けていない。朴の父は、ほんのわずかに知っていた「南北統一」の技を覇皇に繰り出すが、覇皇の「大東亜共栄拳」に敗れる。何事もなかったように道場を出た覇皇が、突然よろめく。実は「南北統一」の一撃を受け、さっきまでは必死で耐えていたのだ。さすがはテコンドーの最終奥義。わずかに片鱗を見せただけで、かくも恐るべし。
第4話「北から来た男――我が拳は将軍様の拳!」。まあ、題名どおり、朴星日の兄・朴英日が登場する。「三光斬」「百人斬」を繰り出す大日本神州剣道同盟の会長を、奥義「主体」(金OOの思想)であっさり倒す。

第6話はまず、朴英日の回想から。朝鮮の古墳へ奥義の修行に行った英日は、自分よりはるかに強い男に出会う。その男こそ、ほかならぬ金OOだった。金OOは、英日が自分のもとで修行することを認める。さて、試合に戻ろう。敵を友に変えることこそ究極奥義だという合気道の達人に、朴星日は、最高の民族である朝鮮人と最低の民族である日本人が仲よくなるのは、やはり無理だと返す。
第6話:韓中対決!朝鮮忍者VS八極拳士。陝西省延安生まれで「八路流八極拳」を使う劉書文(超イケメン)が、アメリカで忍者の朝鮮起源説を広めてきた朝鮮忍者と対決する。両者とも煽りモード全開。劉は相手を文化泥棒の朝鮮人野郎と罵り、朝鮮忍者は中国人野郎――「チャンケ」――の無知を嘆く。結果、朝鮮忍者は劉に瞬殺される。
第7話「沖縄の涙」は、沖縄で日がな一日、好き勝手に男を殴り、女を強姦している米兵と、沖縄の女の子・結衣との対決だ。結衣は一方的に殴られ、まるで手も足も出ない。米兵に服を引き裂かれ、強姦されかけたそのとき、朴英日が奥義「日成」で米兵を倒す。そして、沖縄は古来朝鮮の領土なのだから、君たちは朝鮮人民共和国に帰順すべきだと、女の子を慰める。それなら私も世界で最も優秀な民族の一員になれるのか、と女の子。そうだよ、と英日はやさしく慰めるのだった。
第8話「人類至宝・大韓国文化」では、驚天動地の陰謀が明らかになる。大政治家の阿倍野晋二も野畑佳広も、実は覇皇の操り人形にすぎなかったのだ。場面は変わって、劉書文と朴星日の対決へ。女の子にモテる劉が気に入らない朴は、まさか女の子をナンパしに来たのか、と突っかかる。劉の目的は、中国拳法が世界最強であることを証明することだという。すると朴は同情をにじませながら、中国拳法が韓国起源だと知らないのか、四大発明も儒教も、中国の文化はすべて韓国起源なのだ、と言う。
戦いのさなか、劉は八路八極拳の奥義「三跪九叩礼」を繰り出す(文字どおり朴を地面にひざまずかせる)。劉に言わせれば、三跪九叩頭の礼は朝鮮の王が天朝の使者を迎える際の礼法で、韓国人はどういうわけか、中国に従属する下僕の民族だったという悲しい歴史を忘れてしまったらしい。そして、中国四千年の歴史の前に死ね、と迫る。ところが、すでに息も絶え絶えだった朴が、突然口を開く。中国の歴史など、たかだか四千年、我らが大韓民国には五千年の歴史があるではないか、と。中国の黄河文明が檀君朝鮮に起源を持つと知っているか、と言い放ち、テコンドーの奥義「孔子」(孔子は韓国人だと宣言)で劉を地面に叩き伏せる。

一気に覇皇との最終決戦へ飛ぼう。覇皇の指示で緊急記者会見を開いた阿倍野総理は、びくびくしながら、日本は核兵器の保有を宣言し、せ……世界193か国と国交を断絶して、せ……宣戦布告する、と発表する。言い終えると、緊張のあまり気絶。覇皇は、どの国であれ日本に軍事行動を起こせば、日本はただちに核兵器を使用すると付け加える。実は覇皇の真の目的は、単身で外国へ乗り込み、その国の首脳を倒すことだった。193か国すべての首脳を倒せば、覇皇は世界を支配できる! 土壇場で、朴兄弟が最終奥義「南北統一」を繰り出し、ついに覇皇を倒す。偉大なる大韓民族が、最後には世界を救ったのだ!

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『テコンダー朴』が優れている、少なくともそこらの右派漫画よりは優れているのは、まず、善悪をきっぱり分けた幼稚な対立を作っていないからだ。たとえば『日之丸街宣女子』のような普通の右派漫画では、「われわれ」(ウヨ)はみんな善人、相手(左の連中)はみんな悪人。あまりの幼稚さにあきれるし、ウヨって本当にみんなウヨ子ちゃんみたいなロリ幼女なのか、と疑いたくなる。あるいは、頭の中だけ幼女なのか? 頭の中は幼女で、実物は(脂ぎった、筋金入りの)オッサン。これもギャップ萌えに入るのだろうか?
『テコンダー朴』では、どの側にも非がある。反韓漫画とはいえ、日本人だってさんざんこき下ろされている。日本人が「在日」(朝鮮人)に加える残虐な仕打ちは、絶対に「ギャグ」の一言で片づけられるものではない。中国人も韓国人も日本人も、みんな人間だ。刺激されれば怒るし、偏見もある。注目すべきなのは、作者が基本的には歴史修正主義にも歴史相対主義にも陥らずに、これらを描いていることだ。
漫画の作者本人が登場し、精神を汚染されたような無感動な顔で、ずっと(歴史の)解説をしているのも面白い。本人いわく、この漫画を描くのは真の日韓友好のためなのだという。日本の罪の深さと、我ら大韓民族の偉大な歴史をしっかり知ること。それこそが、真の日韓友好のためなのだ、と。
真の日韓友好のために、両国を美化するのではなく、両国の隠しておきたい過去をすべてさらけ出す。日本は確かに侵略し、在日朝鮮人にもひどいことをたくさんした。韓国は確かに侵略された被害者だが、今では歴史をでっち上げるようなこともしている。リングの上には、バフチンのいう「カーニヴァル」の世界が見える。身分も、上下も、貴賤も、すべて消える。歴史上の出来事が、漫画のひとコマに凝縮される。大東亜共栄拳VS最終奥義・南北統一。
ここでもう一度、作者の表情に注目したい。あの無感動な表情だ。あれを、すべてを超然と眺める者の無感動さと受け取ってはいけない。言い換えれば、作者が無感動だからこそ、歴史上の事実を冷静にギャグ漫画へ仕立てられる、というだけではない。こういう漫画に仕立てること自体が、精神を汚染されたような無感動さをもたらすのだ。ギャグ漫画を描くのは、単に作者がそう選んだからではない。そうするほかないのだ。どんなに真面目に語ろうとしても、私たちが出会う素材はその試みを挫折させる(深い傷を残した歴史の現実を、その語りでは扱いきれない)。だから、その真相はカーニヴァルのなかで、歪んだ形でしか表現できない。
だから、韓国が歴史をでっち上げるのを、単に歴史を尊重しない「民族性」のせいにするわけにはいかない。ある意味で、彼らは歴史を尊重しないのではなく、尊重しすぎているのだ。彼らにとって歴史の重圧は大きすぎる。ほかの多くの民族のように「自分たちを笑いのネタにする」ことも、悲惨な過去を笑い飛ばすこともできず、歴史を過度に書き換える。ところが、その過度な書き換えによって、逆説的にも、過去の歴史との結びつきはかえって強まる。外から眺めるだけなら、これは滑稽だ。喜劇に見える。だが、まったくの部外者として眺められる立場などない。韓国の喜劇はいくつもの悲劇が重なってできており、その悲劇には多くの人、とりわけ日本人が関わっている。たとえば、こんな具合だ。
- 日本人が韓国人の頭をおかしくさせる。
- 韓国人が、頭のおかしい振る舞いをする。
- 日本は、韓国人の頭がおかしいことを根拠に、自分たちはそれ以前に韓国人の頭をおかしくさせるようなことなど何もしていない、と言う。韓国人は最初から頭がおかしかったのであり、頭がおかしいのは韓国人特有の民族性なのだから。
- 挙げ句には、こう言い出す。お前たち韓国人が、俺たち日本人にされたと言っている悪いことは、実はよいことだった。韓国人は頭がおかしいのだから、日本人がやってきたのは、当然、そのおかしくなった頭を治すためだったのだ、と。
ここでは、被害者はいっそう害を受け、加害者はいっそう害を加える。さらに言えば、被害者は自分が害を受けていることしか知らず、自分でも自分を害していることに気づかない。加害者は他人だけを害しているつもりで、自分自身も害していることに気づかない。
中国語版編集者より: 妖怪変化もかくやという荒唐無稽な抗日ドラマ、いわゆる「抗日神劇」が喜劇となるのにも、こうした要因があるのではないか。あの歴史はあまりにも悲惨で、私たちが直視するには重すぎる。あまりにも恐ろしい悲劇なのだ……。もちろん、それでも私たちは、直視する勇気を取り戻せると信じるべきだ。