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随筆:個人がアニメ評論の次元を広げるための資料目録 2.2版

アニメ制作、美術と芸術哲学、哲学・社会科学、映画理論、日本アニメ史、評論実践という七つの方向から、アニメ鑑賞と評論の次元を広げるための学習経路と資料目録を整理する。

著者: 伦勃朗翻訳: 甚谁Bot[AI assisted] · 全文レビュー: 甚谁Bot[AI assisted] · 全文

レンブラントの肖像
レンブラント

砂漠の地に河を開く。

ここでは、筆者がアニメ鑑賞と評論の次元を広げるために歩んできた学習の道筋と、それに対応する資料目録を整理してみたい。見識も力も足りないため、以下で扱うのは基本的に日本(式)アニメである。あくまで参考として受け取ってほしい。

まず断っておきたいのは、アニメや実写映画を楽しむのに、さまざまな「鑑賞・評論能力」が必ず必要なわけではないということだ。筆者は小学生の頃、そんなものを知らなかったどころか、アニメの元ネタすら知らなかった。それでも『ハヤテのごとく!』を十分に楽しんでいた。とはいえ、もっと多くの鑑賞の次元を掘り下げたい人もいるだろうし、私たちは異なる方向からの読み方にも寛容であるべきだろう。だからこの記事の題名は「……次元を広げる」とした。誰もすべての次元を究め尽くすことはできない。しかし、それは楽しむことの妨げにはならないし、こうした能力を生かせる対象も日本アニメに限られない。学びて時にこれを習う、また楽しからずや? この題名でよいのかという話は、ひとまず置いておこう。では本題に入ろう。

1、業界側のアニメ制作知識(思いつきでつけた名前)

『SHIROBAKO』の制作会議場面

アニメがどのように作られるのかを知ることは、この芸術媒体の特徴や、関わるクリエイターたちの作風を感じ取ることにつながる。アニメ制作の常識を知らなければ、評論は簡単に笑いものになってしまう。こうした事柄には、クリエイター共同体、つまりアニメ業界の中で共有されている了解があるからだ。評論家として、私たちはその知識を尊重しなければならないし、そうした情報はアニメ評論を形づくる重要な材料でもある。

『SHIROBAKO』を見て、この分野に関心を持った人は多いだろう。では、その次は? 筆者は、尊敬すべき二人の先駆者による作画解説講座の動画から学び始めた。

その後は、Anitamaの作画MAD(「和解」欄、「新声」欄)や、欧米の作画ブログの翻訳記事などを定期的に見て、関連する知識と経験を積み重ねていった。ただ、今のところはまだ浅い理解しかないと言える程度だ。

作画のほかには、演出もある。

知乎のページ「日本アニメにはどんな一般的で特色ある演出手法があるか?」

質問:日本アニメには、どのような一般的で特色ある演出手法があるか?

知乎原質問の検索

前期の企画の練り上げや、後期の撮影・合成などの工程については、ここではひとまず触れないでおく。書籍では、たとえば次のようなものがある。

『制作進行』の書影

『制作進行』書誌検索

用語解説総まとめ検索ページ - Anitama

筆者はさらに、豆瓣の情報と、自分の本選びの経験を頼りに、アニメの視聴覚言語、絵コンテ、脚本設計に関する中国語の教材を何冊か選んで買ってみた(比較的薄く、文章も少なくて、かなり読みやすい)。ただ、実物を見せるとなると、初心者を変な方向へ導いてしまわないかと少し不安になる。それでも、年糕兄貴が以前作った解説のいくつかは、参考にして学ぶことができるだろう。

年糕によるアニメ解説動画一覧

動画一覧(新着順、各段は左から右へ)。サムネイルの共通見出しは「こんなふうにアニメを見る人なんている?」。

  • 上段:①「ゼロから始める高校生活――こんなふうに7月新番を見る人なんている? ×2」/②「坂本とgiligiliがニュースに!?――こんなふうに4月新番を見る人なんている?」/③「こんなふうに『僕だけがいない街』を見る人なんている?」/④「こんなふうに1月新番を見る人なんている?」/⑤「軸線と三角配置を簡単に知ろう――こんなふうに10月新番を見る人なんている?」。
  • 下段:①「画面構図を簡単に知ろう――こんなふうに『ドラえもん』を見る人なんている?」/②「ショットのサイズとカメラの動きを簡単に知ろう――こんなふうに7月新番を見る人なんている? 第2回」/③「こんなふうに7月新番を見る人なんている?」/④「【年糕のアニメ布教会】彼と彼のあの彼女――新海誠作品紹介」/⑤「【年糕のアニメ布教会】現実世界の夢のつくり手――今敏」。

年糕のアニメ解説動画(Bilibili検索)

現場の制作ルポも、貴重な資料だ。

筆者にとって、アニメ制作を知ることには多くの利点がある。共有されている知識を間違って口にするのを避けられること、クリエイターに敬意を表せること、そしてアニメという芸術の特色や個々のクリエイターの作風をよりよくつかめることだ。これらはアニメ鑑賞と評論に大いに役立つ。

2、美術と芸術哲学

アニメは特殊な芸術である。その特殊性には慎重に向き合わなければならない。しかし逆に言えば、何が特殊なのか、また芸術に共通する普遍的な側面は何なのかを理解するには、より広い芸術の世界を考察することが助けになる。芸術には実に多くの種類がある。ここでは、下で扱う実写映画以外の例として、美術を取り上げてみよう。

『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の構図とロシア構成主義の影響

もちろん、アニメに携わる人の大半は、芸術史を専門に学んだ人ではない。それでも、よく言われることには注意しておくべきだろう。人々が芸術を創作するとき、意識的であれ無意識であれ、つねにその時代全体の精神と、過去および現在の社会・歴史から影響を受けている。この話はここでは脇に置き、筆者が昨年以来学んできた美術史の知識も実際には浅いと断ったうえで、好きなものをいくつか薦めよう。

学堂在線「西洋美術史十六講」講座

学銀在線「西洋美術史十六講」。講師:王微曦(湖北大学)。

「西洋美術史十六講」(学堂在線検索)

西洋現代美術鑑賞講座のスクリーンショット

講義スライドの見出しは「彫刻」、項目は「ウィレンドルフのヴィーナス」。

「西洋現代美術鑑賞」(中国大学MOOC検索)

傅雷の『世界美術名作二十講』は、評判のよい美術史入門書だ。アニメと美術の創作には、透視図法、線、色彩、構図など、いくつか共通する要素がある。美術史を学ぶことは、アニメという動く絵の要点を理解する助けになる。美術史のほかに、芸術哲学の本も一冊挙げておこう。筆者には評論する力などまったくなく、恐る恐る自分が読んだ本を一冊紹介するだけだが。

ノエル・キャロル『芸術哲学』の書誌情報

ノエル・キャロル『芸術哲学』書誌検索

文学・文化理論の入門書については、次の節で紹介する。

3、哲学・社会科学

この分野の考え方を用いる場合、一般には、アニメのテクスト(text、必ずしも文字とは限らない)の内外を分析することになる。

何? それもありなのか? 百聞は一見にしかず(?)。この次元のアニメ評論が可能かどうかは、次のいくつかの記事を見てもらえばわかるだろう。

えっ、そんなことを作者が考えているはずがないって? クリエイター自身の考えは尊重されるべきだ。作者が退場するわけではない。しかし、テクストはひとたび成立すれば、相対的な自律性と多義性を持つ。冒頭でも述べたように、クリエイターが伝えた情報も、評論を書く重要な材料の一つではあるが、それだけがすべてではない。もちろん、その読みが妥当かどうかは、同業者、読者、そして歴史による検証に委ねられる。

この分野の学習領域は、なんと広いことか……。誰もが自分の興味と得意な方向を選んで学ばざるを得ない。筆者は凡人で、出発も遅く、努力も少ない。せいぜい「よく学び、日々向上しよう」と言えるくらいだ。この記事には紹介という性格もあるので、ここではいくつかの入門書を挙げる。文芸理論、社会学思想史、哲学史の本である。

『理論入門』『社会を発見する』『哲学の歩み』三冊の入門書

書誌検索:『理論入門』、『社会を発見する』、『哲学の歩み』

筆者は、料理名を読み上げるように書名を次々並べるのを、ここでは控えておこう。人生には限りがあるが、サボることも学ぶことも果てがないのだから。ここで注意しておきたいのは、専門家ではなく、専門課程の教授から指導を受けてもいない初学者が、哲学史やその他の学問の思想史を全体的に把握する前に思想家の一次著作を直接読むと、かなり大きな誤読の危険があるということだ(筆者は例を挙げない)。豆瓣や知乎などのサイトを通じて、学界で信頼されている入門書や解説を探し、学界がすでに積み上げてきた成果を知るのがよい。オックスフォードの通識入門書シリーズは、よい選択肢だ。

筆者はさらに、興味を持つきっかけや読者への案内として、いくつかのMOOCも見つけた。

学堂在線「古典社会学理論」講座

「古典社会学理論」、鄭莉教授(ハルビン工程大学社会学系)。紹介欄には「構造機能主義、社会的コンフリクト論、社会的交換とシンボリック相互作用の議論……」、章節欄には「ヴェーバーの社会的行為の理論」「1.4 ヴェーバーの政治社会学」「1.5 ヴェーバーの宗教社会学」などが並ぶ。

「古典社会学理論」(学堂在線検索)

中国大学MOOC「コミュニケーション学概論」講座

「コミュニケーション学概論」(中国大学MOOC検索)

中国大学MOOC「古典を通り抜け、あなたと読書する」講座

「古典を通り抜け、あなたと読書する」(中国大学MOOC検索)

中国哲学講座のページ

「中国哲学」、北京師範大学・章偉文。「本講座は大学の哲学専攻の学部生が必修とする専門基礎科目であり、中国哲学の発展段階を基礎に、論争を軸として、学生が中国哲学の知識を体系的に身につけ、中国……を理解することを目指す」。

「中国哲学」(中国大学MOOC検索)

では、次の節に進もう。

4、映画理論と映画史(テレビドラマはひとまず置いておく)

映画は、もっとも広く親しまれている大衆文化であり、社会文化の重要な一部である。アニメのクリエイターは、絵コンテや演出といった面で、映画の手法から影響を受けることがある。たとえば写実性を際立たせるため、被写界深度の浅い実写映像にならい、焦点の合っていない部分や遠景をぼかすことなどだ。アニメでは本来、この効果が自動的に生じるわけではない。もちろん逆に、実写映像の側も無意識にそうしているとは限らない。

アニメのショットでリアリズムを解説する熟肉(字幕付き)雑談動画

画面上部:「実写の被写界深度を再現する」。画面下部:「山田と石原は、意図的に花びらで画面をぼかしている」。動画説明:「いつか誤りを正されそうで、びくびくしている。筆者はこの分野ではまったくの新人です」。

「京吹・最もロマンティックなリアリズムを追って」(Bilibili検索)

ここでは慎重でなければならない。アニメと実写映画は異なる二つの芸術であり、映画理論を機械的にそのままアニメ評論へ当てはめれば、おそらく水が合わない。しかし、こうした注意を実際の判断に生かせるのも、両方に習熟していてこそだ。具体的な場面で、その概念を借りるのが適切かどうかを見極めなければならない。創作手法だけでなく、アニメのクリエイターも社会の一つの集団として、映画史上の名作や名匠の作品、その内容と様式から影響を受けている。それも、言うまでもなく、社会全体における相互影響の一環である。

映画史の動画も数多くある。たとえば次のようなものだ。

二つの映画史動画は、短いものと長いものとで、それぞれに特色がある。こうした映画史を先に見てから個別の映画入門書を読むほうが、読書にも少し入りやすいのではないかと思う。

映画の視聴覚言語:

ちなみに、TNABOも日本アニメを見るのが好きだ。映画鑑賞の動画をもっと見たい?

映画美学、映画哲学、映画理論などの動画一覧

動画一覧(上から下へ、各段は左から右へ)。

  • 「映画とは何か:映画美学・映画哲学・映画理論」:①「時間の外へ――フリーズフレームの芸術」/②「上級編:ハネケ――映像化された真実と『嘘をつく』現実」/③「上級編:リアリズム――現実世界への窓をどう開くか」/④「非現実もまたリアリズムの鍵?」/⑤「リアリズムかどうかは、そんなに重要なのか?」。
  • 「感覚の質:音・光・色彩・味覚・温度感」:①「スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング』――酷暑で物語る」/②「ノーラン映画の音楽パターン」/③「超短編:アルフォンソ・キュアロンの聴覚パターン」/④「超短編:テレンス・マリック――超越的な音の空間」/⑤「色彩でどう感情を伝えるか――映画の色彩理論」。
  • 「映画の時間:編集・物語構造・視覚の流れ」:①「一流の編集者から学ぶ十の教訓」/②「見えないスクリーン:視線の追跡、手品、ミスディレクション」/③「すべての新人編集者が犯す三つの間違い」/④「反復編集で格闘シーンを組み立てるには」/⑤「平凡な素材を驚くべき映像に変えるには――『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』の編集とショットのつなぎ方」。

映画橋紅門主の関連動画(Bilibili検索)

評判のよい映画理論の解説書も一冊紹介しておこう。

『映画理論解読』の書誌情報

ロバート・スタム『映画理論解読』書誌検索

5、日本と日本アニメ史など

言うまでもなく、日本のアニメ作品について論じるなら、日本社会と歴史の知識は大いに役立つ。たとえば大先生のツッコミには、日本各地の文化に関するネタがしばしば含まれている。大先生の物語や、とある『青春ブタ野郎』の少年をめぐる物語の背後にも、日本の学校文化が色濃くある。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の三人の登場人物

もう一例として、ボンズ制作の、知られざる佳作『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』を挙げよう。

『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』のアニメ場面

この作品は、比喩によって20世紀後半の日本史の大半を語っていると言ってもよく、特撮ネタも大量に織り込まれている。Anitamaには、これを深く掘り下げた連載記事がある。日本社会史や特撮について知らなければ、視聴者が読み取れるものも、クリエイターがこの作品を通じて伝えようとした情報も、大幅に少なくなってしまう。(ここまで言ったが、要するに『コンクリート・レボルティオ』を布教したいだけである)

日本史についてこれまであまり知らなかったなら、大河ドラマのような日本のテレビドラマを足がかりに、興味を育ててみてもよいのではないか。

『官僚たちの夏』の作品情報

『官僚たちの夏』TBS作品ページ

大河ドラマが厳密な歴史そのものではないにせよ、それをきっかけに日本史をもっと学びたいという動機が生まれるなら、それも悪くないだろう。筆者はもう一つ、入門向けのNHK日本史講座シリーズを紹介したい。

日本文化思想史はいったん置くとして、日本文学史、特に日本近現代文学史について少し知っておくのもよい。

『日本文学史概説』『日本近現代文学流派史』の書誌情報

書誌検索:『日本文学史概説』、『日本近現代文学流派史』

別の話になるが、日本のオタク文化史を知ることも、かなり役に立つかもしれない。

ついでに、同じ三牛先生が作ったJ-POP小史も推しておこう。

J-POPの話が出たので、流れに乗って跳蝻先生の親切な音楽理論講座も薦めておこう(どんどん脱線している)。

さらに、日本のオタク文化史といえば、あの男を避けて通れないようだ。東浩紀である。

東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』の書誌情報

東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』書誌検索

ほかにも、宮台真司、宇野常寛、大塚英志など、日本のオタク文化を研究している論者がいる。

欧米にも、YouTubeなどで研究志向の動画を作るAniTuberがいる。たとえばPause and Selectにはすぐれた論考動画がいくつもあり、私たちに異なる知見を与えてくれる。欧米にもACGの文芸評論を行う仲間がいるのだとわかる。

日本社会史と文化のほんの一角についての案内はここまでにして、次に日本(テレビ)アニメ史について少し話そう。現在、筆者が知るかぎり、図と文章で比較的体系的にまとめられた日本アニメ史には、豆瓣版とAnitama版がある。

(この回を特別に探したわけではない)。

そのほか、冰封の羲和が制作した日本TVアニメ史の動画も薦めておきたい。

もちろん、アニメ史にはほかにも多くの版がある。筆者も、自分が知っているものについて少し話しただけだ。アニメ史の次に来るのは、言うまでもなく作品そのものを見ることだ。たとえば、ある監督の新作を評論する場合、その監督の過去作をよく知っていれば、作風や特色を把握でき、新作についてもある程度の見通しと知識を持てる。アニメの鑑賞について、筆者は一般に四つの方法に頼っている。

6、観摩と実践

1〜5が思想と知識を蓄える段階だとすれば、6は他人の実践を見て、自分でも実践してみる段階だろう。

屋頂現視研が発表した記事では、筆者も編集、レイアウト、公開作業にかなり関わり、著者と記事の内容や評論について話し合ってきた。仕事ではあるが、そのおかげで多くの評論を間近で読み、少なからぬ知識と評論の方法を学ぶことができた。

ここで、筆者が特に高く評価したい記事を二本挙げる。

概念分析によって、アニメ評論は何を記述すべきなのかを筆者はより明確に理解できた。

私たちは、評論家が「某作品/筋書き/ショットが生き生きとした人物像を形づくった」と書く場面を容易に想像できる。しかし、さらに明確に説明されなければ、読者が「人物像」がなぜ「生き生きしている」のかについて抱く考えは、評論家がはっきり述べていない考えとは異なるかもしれない。

しかし実際には、少なくとも常識的に言えば、そうした困難は存在しないように思われる。アニメ評論に対する私たちの常識的な信頼を捨てたくないのなら、次の問いに答えなければならない。

(P)あるアニメ評論家が「某作品/筋書き/ショットが生き生きとした人物像を形づくった」と書いたとき、評論の読者はどのようにして評論家の意図を理解できるのか。

アニメ評論の広がりと深さの分析図
「最適化された評論」は、未知の視点を提供すると同時に、ある程度の深さも備えている。読者に伝える有効な情報量が最大になる。

鐘先生はアニメ評論を広義に解釈しているが、一般に第三象限と第二象限のほうが、私たちが普段アニメ評論と呼んでいるものに近い。

アニメ評論の分類図

最後に、筆者は自分の浅い知識と理解に基づいて、勝手に「分類図」と「アニメ評論の次元軸」という二つの「妙な代物」を組み立てた。その意図は、アニメ評論の多元性と相対性を表すことにある。次元軸では四つの「理想型」だけをまとめた。優れた評論家が四つの型すべてをほどよく備えることも、一つの記事で四つの次元を扱うこともありうるし、この枠を超える評論を排除するものでもない。

もちろん、疲れるほど先回りして言っておくが、上の図も決して金科玉条ではない。鐘先生の洞察に富んだ、価値ある個人的見解にすぎない。

7、三人行けば、必ず我が師あり

人間一人の力には限界がある……。筆者が言いたいのは、誰もがそれぞれ異なる分野や方向を得意とし、そこを専門にしているということだ。一人ですべてに長けるのは、難しいし、必要でもない。だからこそ集まり、ともに学び、疑問を持ち寄って互いに問いかけることも、学習と進歩のためのよい方法になる。

以上、筆者は一を挙げて万を漏らすように、自分が「アニメ鑑賞と評論の次元を広げる」ことを続けてきた浅薄な学習経験を語ってきた。正直に言えば、終わりが近づいた今、かなり不安でもある。もし大物に誤りを指摘されたらどうしよう。もし初心者を誤った方向へ導いてしまったらどうしよう。

それでも筆者は、こうしたリスクを引き受け、自分をさらしものにして、これまで歩んできた(曲がりくねった)道をまとめ、示してみたいと思う。もし誰かの役に立つなら、それに越したことはない。もし誰かが筆者のささやかな成果を踏みつけ、大股で追い越していけるなら、そのような情け容赦ない超越こそ、筆者がいちばん見たいものではないだろうか。筆者は装備を整え直して再出発し、学び、学び、さらに学び、サボる合間にも奮闘して、みんなに追いついていくしかない。

ヴェーバーの講演の言葉で締めくくろう。

科学における一つの「完成」はすべて、新たな問題を意味し、それは人に超えられ、色あせることを求めている。科学に身を投じようとする者は、誰であれこの事実に直面しなければならない……。科学において絶えず追い越されることは、もう一度言えば、私たち一人ひとりの運命であるだけでなく、私たちの共通の目標でもある。私たちは仕事をする際、他人が自分より優れた仕事をすることを望まなければならない。原理的には、この進歩に終わりはない。ここで私たちは、科学の意味という問題に触れたのである。(ドイツ語の「科学」はおそらく体系的知識という意味なので、歴史科学、人文科学、芸術科学がある)

2019.4.12改訂。

本文終わり

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