今回の年次公募への参加を希望する多くの方が、執筆にもう少し時間を必要としているため、屋顶「拾荒战略」の投稿締切を、当初の7月22日から8月15日へ延期します。審査を含むその他の日程もあわせて延期します。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。関心をお持ちの皆さんには、引き続き執筆を進め、ぜひご投稿いただければと思います。
はじめに
たしかに、肝っ玉おっ母と同じように、私たちも同じ戦争に直面している。それはすぐそばにあり、私たちの内にさえある。私たちも同じ恐ろしい盲目を抱え、目には同じ灰が入り、口に同じ土を含んでいる。私たちには同じ夜明けと夜があり、足元には同じ深淵がある。それは私たちの無意識だ。つまり、私たちは同じ歴史を分かち合っている――これが、すべての問題の出発点なのだ。
——アルチュセール「ベルトラッチーとブレヒト」。
このタイトルを見て、驚いた方も、懐かしく感じた方もいるかもしれない。「拾荒战略」は、屋顶现视研が2020~2022年に開催していた年次公募で、優れたACGN(アニメ・マンガ・ゲーム・小説)批評を数多く生み出し、集めてきた。その後、さまざまな理由で、しばらく休止することになった。一つには、当時の屋顶と中国のオタク批評全体が、転換期にあったからだ。書籍市場で翻訳・紹介が進むにつれ、中国語圏の思想界にはオタク批評への熱が広がっていた。そこで紹介された東浩紀、宇野常寛、斎藤環の議論は、屋顶の読者にとってはさほど目新しくなかった。それでも、こうして紹介が広がるのを見て、私たちは、民間から思想を生み出す集まりである屋顶が、日本のアニメ・マンガについて批評を書き、波を起こす必要は、もうないのかもしれないと感じていた。より専門的に、まとまった規模で理論が紹介されるなか、既存の知識が読者の日常の一部になれば、それだけで新たな、より質の高い批評が生まれるように思われたのだ。
しかし、振り返ってみれば、批評を取り巻く状況についての、あの楽観的な見通しは外れた。「拾荒战略」を休止していたこの数年、かつて想像していたような批評の波を、私たちは目にしなかったように思う。むしろ、作品と言葉のあいだを往還する、遂行的な行為としてのオタク批評は、今日ますます見かけなくなっている。知乎をはじめ、中国語圏のインターネットでかつて活発だったアニメ・マンガをめぐる議論が、いまではほとんど顧みられなくなっているのは明らかだ。オタク批評を導入した学界や思想の市場でさえ、オタク批評やいわゆる「セカイ系」などの概念をめぐる誤読が積み重なり、もはや容易には正せなくなっている。こうした既存の制度のなかで営まれるオタク批評は、新たな言論の場を開く力と可能性を、早くも失ってしまったように見える。
それとは対照的に、中国では二次元をめぐる消費が大いに盛り上がっている。「IP経済」と呼ばれるこの大きな潮流のなかで、中国のオタクである私たちは、アニメ・マンガ作品を受け取り、現代の視聴覚文芸を楽しむことができる。ライブの現場へ行き、アイドルの魅力を感じることができる。グッズを買い集めてずらりと並べ、同じ界隈で承認を得ることができる。これらはすでに私たちの日常となり、2010年代の延長線上にありながらも、当時とはまったく同じではない現実を形づくっている。
こうした消費を中心とするオタクの日常を語り、そこでの自分を見せる姿を、私たちはいたるところで目にする。そこには、文脈を欠いたある種の思い込みさえある。まるで作品も商品もすべて棚から生えてくるかのように、自分たちの島宇宙のなかで、安心しきって消費していればいい。なぜこの時、この場所に、こうした作品や思想が現れたのかを問う必要はない、と。果てしなく広がる現実のなかで、互いの日常に目を向けるための視差が、公共性を担う言葉が、欠けている。
もちろん、このさほど長くない序文を書いているいま、この消費としての日常にも、すでに危機が生じている。近ごろの東アジアと世界の情勢の変化から、危機が近づいていることは読み取れる。長く続く戦後という状態のなかで、こうした日常でさえ脆いものだと気づくのは難しくない。だからこそ、問わずにはいられなくなる。危機のなかに身を置きながら、いまを楽しむ私たちに、この日常がいつまでも続くという確信を与えているのは、いったい何なのか。だが同時に、危機のなかにも、抵抗の足場となる日常はなお存在するように思われる。手がかりになるのは、ハリー・ハルトゥーニアンが三木清と戸坂潤を論じる際に示した思想的な姿勢、すなわち、ある具体的な日常生活がユートピアへの希望をもたらすと信じる姿勢だ。もちろん、ここでいう日常が、具体的な時間と場所に根ざしていることは確かだ。その点で、先に述べた、自らの根を忘れた果てのない日常とは異なる。そして、ユートピアとして存在するこの日常を活性化し、具体的な歴史的状況に根ざしながら、美的な超越性をも備えたものにするためにも、日常を省みることも、いまや急務のように思われる。
日常をめぐっては、屋顶もちょうど昨年、2025年に多くの文章を編集・翻訳して紹介した。志津史比古とてらまっとが「日常系」アニメについてまとめたいくつかの論考は、2000年代以降の日常系アニメの広がりと変化を捉えるための、歴史的な見取り図を示している。杉田俊介によるゼロ年代批評の再考は、ゲーム的リアリズムというよく知られた批評概念を支える日常のあり方を示した。それは、ローレン・バーラントのいう「残酷な楽観性」に近い。スティービー・スアンによる日本アニメの「空間性」についての考察は、日常系アニメの流行の背後に潜む不安の一端を明らかにした。越境の時代に、日本アニメの形式がそのナショナルな性格から切り離されるときの不安である。また、紅茶泡海苔による、文芸誌『ファウスト』が東アジアで広まり、変容し、誤読されてきた過程の分析は、ゼロ年代の青春文芸とライトノベル運動が交錯した時代に、若者たちがどのように読んでいたか、その一端を描き出している。同時にそれは、KADOKAWAなどのプラットフォーム資本に支配される現在のACGNの生態系に対し、かつてはそれとは異なるあり方も可能だったことを示している。
これらの文章では、「日常」という概念が、あるときは明示され、あるときは暗に示されている。日常は批判され、解体される一方で、望ましいユートピアとしても存在し、考え直すきっかけを与えてくれる。こうした国境を越えた分析を参考にしつつ、私たちはさらに、中国語圏の批評においても、その土地に根ざしながら境界を越える批評が生まれることを望んでいる。作品を足場に、現実を直接に語ることからは距離をとりながら、それでもつねに現実にかかわる批評を。たとえ、トーマス・ラマールと大塚英志の論考が指摘するように、批評にはつねに、主体を形成する技術へと成り下がる危険が伴うとしても。
いろいろと述べてきたが、このような危機の時代に、なぜ再び批評が必要なのかを説明したかった。同時に、2026年の屋顶现视研の公募に向けて、共に考え、書くための土台を定めたいとも思った。今回募集するのは、日常にかかわる文章だ。
募集分野と原稿の形式
-
哲学・社会科学、人文・芸術、技術・メディア、産業・制作、コミュニケーションをめぐる政治経済などの観点から、ビデオゲーム、アニメ、マンガ、ライトノベル、映画、そのほか関連する作品・作者・歴史・産業などの諸現象を対象とした、独自の分析・批評や比較研究を募集します。地域の制限はなく、二次創作や派生作品も対象に含みます。単なる翻訳記事や攻略記事は受け付けません。内容と形式を分析の基本に据えた作品批評を奨励するとともに、オタクとして生きる状況を、自分自身の経験を通じて記述・分析するオートエスノグラフィーも歓迎します。もちろん、広い意味での戦後の文芸・思想空間に関心を寄せる投稿も歓迎しますが、できるかぎり今回のテーマ、「日常を考え直す」に沿った原稿をお寄せください。
-
学術論文の形式をある程度踏まえ、注を付け、引用の出典を明記し、要旨・キーワード・参考文献などを示すことを推奨します。ただし、必須ではありません。分量は5,000字以上、20,000字以下を推奨します。 論考のほか、座談会の録音を文字に起こした原稿も提出できます。中国語・英語・日本語での投稿を受け付けますが、簡体字中国語の使用を推奨します。 新たに執筆したオリジナルの文章の投稿を奨励しますが、商業利用や転載に関する規範に適合する既発表の文章も受け付けます。素材や見解などの引用は、学術上適切な形で行ってください。 事前・事後を問わず剽窃や盗用が判明した場合、主催者はその事実を公表し、報奨の授与を取り消します。
-
生成AIの使用について:
(1)生成AIツールを著者とする原稿、生成AIツールが執筆した原稿、および生成AIツールの出力をそのまま文章とした投稿は、受け付けません。
(2)以下に該当する投稿は、受け付けません。
- 生成AIツールを用いて、文章の基本構成・中心となる見解・主要な内容を生成すること、または既存の研究成果を書き換えること。
- AIツールについて虚偽の情報を記したり、使用の事実を隠したりすること。
- 生成AIツールを用いて、文献・内容・データ・その他の資料を偽造または捏造すること。
- 生成AIツールを用いて、既存のACGN作品の画像を制作すること。
- そのほか、AIに関する倫理規範や学術上の規範に反すること。
(3)投稿原稿への生成AIツールの利用は、文章表現の推敲、文献検索、データの整理・分析などのうち、原稿の中核にかかわらない作業に限ります。 利用に際しては、一般に通用するAIの倫理規範および学術上の規範を守ってください。
(4)今回の投稿で生成AIを使用した場合、著者は、データの収集・分析を含め、投稿内容のどの部分に生成AIツールを使用したかを説明しなければなりません。 また、ツール名、バージョン、使用時期を明記し、生成画面のスクリーンショットを添えてください。投稿原稿のすべての内容について、著者が一切の法的・倫理的責任を負うものとします。
私たちは、投稿のなかに著者自身の言葉と思考が見えることを期待しています。
公募の流れと実施方法
より柔軟な募集とし、多くの書き手がこの祭典に参加できるよう、今回は「前夜祭」「後夜祭」の部門を設けず、2回に分けた選考も行いません。その代わり、1回の選考で、今回の「拾荒战略 Repeat」の最終的な入選作を決定します。
応募対象:著者自身によるオリジナルの原稿で、商業利用されていないもの。既発表の原稿と、未発表の原稿のいずれも対象です。商業利用の例としては、商業媒体で初出となり、その媒体が著作権を取得している場合などが挙げられます。
応募形式:上記のいずれの原稿も、本文の全文を提出してください。
日程:
- 3月22日:企画開始の当日から、今回の「拾荒战略 Repeat」への投稿を受け付けます。
- 8月15日:応募締切。
- 9月1日:採用原稿をとりまとめて発表します。同時に、今回の「拾荒战略 Repeat」批評同人誌の制作を開始します。
選考方法: 今回の公募では、審査員団が独創性・思想性・批判性を重視する方針に基づき、単純多数決によって原稿の採否を判断します。
公開と報奨: 今回の「拾荒战略 Repeat」への応募原稿について、審査員団が採否を決めた後、主催者はできるだけ早く著者に結果をお知らせします。採用原稿は、屋顶が各プラットフォームで運営するアカウントで、すみやかに順次公開します。今回の「拾荒战略」に寄せられた文章を1冊の批評同人誌にまとめ、受賞者の皆さんにお渡しするほか、その後のComiketやComicupなどの同人誌即売会への参加も検討しています。参加した場合、そこで得た収益は、次回の年次公募の開催と、新たなオリジナルの批評を奨励するためにのみ使用します。
採用原稿には、主催者から300元程度の原稿料をお支払いします。
投稿窓口(いずれかをお選びください):
-
QQの連絡先を添え、メールで原稿を送付:a1835631041@163.com
-
企画のグループに参加し、グループの共有ファイルに原稿をアップロードして主催者に連絡(推奨):1077208212
投稿時は「拾荒战略投稿-著者名-記事タイトル」の形式で提出してください。特別な事情で上記の方法による投稿が難しい場合は、屋顶の知乎・Bilibiliアカウントへのダイレクトメッセージ、またはWeChat公式アカウントのメッセージ窓口からご相談ください。
審査員団
ACGNの視聴覚文芸を愛し、批評によって作品に新たな命を吹き込みたいと願う仲間たちです。
その他
-
今回の公募で採用された原稿について、屋顶が求めるのは、各プラットフォームのアカウントへの非独占的な掲載許諾のみであり、屋顶での初出も求めません。 ただし、投稿原稿の同人誌への収録を希望する著者からは、そのための許諾を別途いただく必要があります。その際、ほかの掲載先が権利を持っている場合には、その権利を侵害するおそれがないことが必要です。ここで明記していない著作権上の権利は、すべて原著者に帰属します。
-
より多くの、よりよいACG批評・研究が生まれ、書き手同士の交流が進むよう、屋顶では採用原稿を動画による論考などに翻案する場合があります。 その際は事前に著者にお知らせし、同意を得たうえで進めます。動画による論考においても、著者の著作権は保障されます。
-
屋顶の新しい看板娘のビジュアルを制作してくださった「球团」さんに感謝します。また、この企画に温かいご提案と心のこもったご協力を寄せてくださった書き手の皆さん、サークル、プラットフォームにも感謝します。
-
主催者は開催経験が十分でないため、法令およびプラットフォームの規則が許す最大限の範囲で、企画の実施方法や手順などの規定を解釈し、変更する権利を留保します。書き手・読者の皆さんには、ご承知おきいただき、ご理解をお願いします。
-
読者・書き手の皆さんによる、この企画の告知や情報の転載・周知、議論への参加、投稿を歓迎します!
