本稿は、拾荒戦略 Rags Drum 2021前夜祭の受賞稿である。

はじめに――人と巨獣、人と惧獣
惧獣――「Fear of Monster」。本稿では、人が獣を恐れ、獣が人を恐れる、その双方向の関係をこの言葉に重ねる。こうした関係は、さまざまなメディアの創作に広く見られる。民間の伝承から明滅するスクリーンまで、途方もなく巨大で、抑えの利かない異形の生き物は、しばしば物語の中心を占めてきた。そして、その中心にいる巨獣たち、いわばタイタンの故郷の一つが、文化産業の中心地アメリカであることは疑いない。本稿では、アメリカの歴史において巨大な生物がどのように認識され、形づくられてきたかに焦点を当てる。「尋常ならざる」生物はアメリカ文化のなかでどのような位置を占め、その文化をどう形づくってきたのだろうか。
一、帝国よりも大きくゆるやかに――環境と歴史の視野における獣
植物のような私の愛は、すくすくと育つ、
My vegetable love should grow
帝国よりも広大に、そしてゆるやかに。
Vaster than empires, and more slow.
――アンドルー・マーヴェル「To His Coy Mistress」
アーシュラ・K・ル・グィンは、短篇「帝国よりも大きくゆるやかに」(Vaster than Empires and More Slow)で、ある複雑な生態系に足を踏み入れた探検者たちの体験を描いている。それはすべてを包み込み、知性を備えながら理性にはよらず、外界から隔絶したまま永続する生態系だ。その主体をなすのは、その惑星に存在する唯一の生き物、惑星全体を覆う植物である。植物を恐れる探検者たちは、植物にとってもまた、恐ろしい存在である。植物が恐れるのは、自分を支配し、変えてしまう力をもつ探検者たちだ。彼らは同時に、従来の意味での植民地支配の権力を代表してもいる。一方、探検者一人ひとりが恐れるのは、自分が探査の死傷者として数えられ、記録のなかの数字になってしまうことなのである。
この状況を、探検隊の科学者オスデンは、特殊な能力によってはっきりと感じ取ることができる。足もとの土の奥深くに植物の根を感じる、その恐れを感じる、と彼は語る。植物は外から来た生き物である自分を恐れているのに、自分も知らず知らずその恐れを植物へ送り返してしまうのだ、と。ル・グィンがアンドルー・マーヴェルの詩句を引いて描いたのは、いわば「植物の恐れ」(Vegetable Fear)である。知性を備えながら理性によらないこの生態圏のあり方を、地球全体の生態系へと広げて考えてみよう。すると、人類がそのなかで生きる「自然」そのものを、この作品が環境問題を通して描く主体として捉えることができる。ベンサムの考えに従えば、「物」と、権利や利益を認められる行為主体とを分ける鍵は、感じる能力にある。私たちがしばしば論じる動物の「知性」とは、ここではこの感じる能力を指す。ル・グィンは動物の知性を生態圏全体へと広げてみせた。現実の環境と歴史に目を向ければ、「獣」は植物よりも人類と関わることの多い存在だけに、こうした推論をいっそう無理なく当てはめることができる。
遠い昔から近年に至るまで、人類は荒野を駆ける獣の群れを恐れてきた。しかし、足もとの大地を地球(Globe)として捉えるようになったとき――漠然と広がる「世界」ではなく、知覚し、触れることのできる球体として捉えるようになったとき――、現実の獣の群れはすでに退いていた。それでも、人間ではない生き物への独特な印象は、さらに多くのイメージと結びつき、新しいメディアでその威力を示している。古今の書物に登場する凶暴な悪竜や海獣は、近代以降、新たな要素と実によくなじんだ。たとえば『爆破――モンキーレンチギャング』(The Monkey Wrench Gang)の主人公は、多国籍企業の正体を、地球規模の海の怪物になぞらえる。吸盤と触手をもち、オウムのくちばしを開きながら、コンピュータのデータセンターを脳とし、流れる資金を血液とする怪物だ。このような文化的な産物は、絶えずその時代の問題と結びつき、文化産業のなかで影響力を保ち続ける。だからこそ、ここでは歴史をさかのぼって考える必要がある。「巨獣」と「野獣」の文化的なイメージを、歴史のなかに置き直すのだ。そのためには、文化産業の中心であるアメリカを避けて通れない。
二、初期アメリカの巨獣研究――クレイヴァラックの巨人
巨体なれど、ベヘモトは穏やか、
気性は静かに、波立つこともなく、
安らかに憩う、波間の精、
岸へと上がり、人々に交わる。
――エドワード・ヤング、1719年
巨獣とともに歩むこの詩に導かれて、まず指摘しておこう。アメリカ(America)は確かに巨獣とともに歩んできた。これは争いようのない事実である――この主語を「アメリカ大陸と呼ばれる土地」に置き換えれば、事実の意味はいっそう明瞭になる。1705年の夏、ハドソン川流域のクレイヴァラック荘園の近くで、一人の小作人が川岸に拳ほどの大きさの歯を見つけた。重さは五ポンド近くもあった。この歯は人間の犬歯に似ていたため、たちまち、人間のもの、すなわち「巨人の歯」と判定された。
1650年、アイルランドの大主教ジェームズ・アッシャーが地球誕生の時を「算出」し、それが聖書の説明に正確に一致して以来、社会にはこんな考えが広まっていた。解釈さえ適切なら、科学は神学と歩みをともにし、聖書もまた、人類の歴史を正確に説明してくれるはずだ、と。18世紀初頭の十三植民地でも、キリスト教徒の宗教的な熱情が高まっていた。この熱情こそ、マサチューセッツの多くの共同体を支える基盤だった。こうした共同体は「聖書共同体」(Bible Commonwealth)と呼ばれた。社会や文化の議論に参加できる立場にあった入植者の知識人たち――その多くは聖職者だった――は、自分たちが立つ土地の非凡さを証明する、何か特別なしるしを待ち望んでいた。この状況のもとで、宗教的な背景と科学的な説明は無理なく結びつき、クレイヴァラックの巨人の物語が始まる。ただし、先へ進む前に忘れてはならない。聖職者たちもまた、啓蒙と理性に情熱を抱いていたのだ。彼らにとって、理性の光は神の御業であり、理性の法則は神の声だった。
植民地でクレイヴァラックの遺骨の発掘が進むにつれ、それを比類なく大きな巨人のものとする見方が、知識人たちの激論を呼び起こした。異なる見解から出発しながら、実のところ同じ結論へと向かう議論だった。新大陸へやってきた聖職者たちは、十三植民地、さらにはアメリカ大陸全体が、ほかならぬ大きな「聖書共同体」なのだと証明したがっていた。そこで、クレイヴァラックの巨人を新大陸の自然の驚異として引き合いに出したのである。ならば、クレイヴァラックの巨人をノーサンバーランドの悪竜と比べようではないか! ヨーロッパの名高い奇観は、その地に起きた奇跡であり、神の御業を示すものだ。ならば、前代未聞のクレイヴァラックの巨人もまた、畏敬されるべき奇観である。『聖書』や『アエネーイス』、『ウォリックのガイ』、『地理の解剖学』(仮訳題)に登場する巨人たちと、ひと勝負させるべきなのだ。
アメリカの比類ない自然の驚異を掘り起こすこの営みには、知識人たちが見落とした矛盾が潜んでいた。聖職者たちは、これほどの巨人の骨を持つことを十三植民地の誇りとする一方、それをモーセがガリラヤで殺した異教の巨人になぞらえていた。つまり、巨人の存在はキリストの力を証明するが、巨人を倒してもキリストの栄冠が損なわれることはない。所有して誇るものが、同時に討つべきものでもある。その根底にあるのは、実は植民の論理にほかならない。巨人の所有者を自任する十三植民地の入植者たちは、『出エジプト記』と同じように、荒野の征服に伴う危険を自分たちも乗り越えるのだと考えた。彼らにとって、その危険とは主として異教徒である。巨人のほかにいるのは、当然ながらインディアン、あるいはインディアンの神々――彼らの目には、インディアンでもあり、巨人でもある存在だった。だからこの矛盾した論理も、彼らの論証を行き詰まらせはしなかった。

一方、巨人の骨の研究が深まるにつれ、王立協会の会員たちは、「巨人」と判定された巨大な骨を、別の目で見ようとし始めた。ジョン・ウッドワード博士は、より科学的で、より論理的な姿勢から、この大地に与えられたもう一つの運命を考えていた。ウッドワードにとって、洪水が「最初の地球」、キリスト教徒がエデンの園と呼ぶ場所を破壊したことは、同時代の自然科学によって裏づけられる事柄だった。ノアが経験した洪水は荒野を生み出した。荒野で人類が生きるには、科学と産業が必要になる。そして、荒野に埋もれた化石を探ることが、神による創造という説の正しさを証明するのである。
巨人の噂を一顧だにしなかったウッドワードは、自説を提示した。クレイヴァラックで出土した骨は、ある種の海の怪物の遺骸なのだから、「巨人」ではなく、「アメリカの未知の動物」(American incognitum)と呼ぶべきだ、と。洪水後にノアが見た混沌の世界を出発点として、ウッドワードは、野蛮な異教の時代から文明的なキリスト教の時代へ移るという「進歩」の理論を導いた。この思想こそ、のちの建国の父たちの、世俗化された啓蒙主義の基盤となった。ベンジャミン・フランクリンをはじめ、アメリカの建国の父たちは、アメリカの未知の動物の伝説とともに育った。彼らの世界認識に最初の影響を与えたのは、パリの著作ではなく、植民地の聖職者たちだったのである。
三、「われわれは巨獣を持っている」――アメリカ精神と巨獣の遺産
この遺骸がどの動物のものだとしても、確かなことがある。陸上最大のこの生き物は、かつてアメリカに存在したのだ。
――トマス・ジェファソン、1785年
アメリカの植民地が荒野を切り開きながら西へと懸命に広がっていたころ、東へと進むロシア人たちは、一つの重要な事実を明らかにした。「ロシアは象の故郷である」。シベリアで、比較的完全なマンモスの遺骸が発掘されたからだ。のちに繰り返し教え込まれて教条となったこの言い方とは違い、本来は「シベリアは象の故郷である」とすべきだった。この説が笑い話になるのは、成立から千年にも満たない国や民族の概念で、千年単位で語られる生物の歴史を説明しているからだ。ロシアという民族の概念が生まれたのは、マンモスがシベリアを歩いていた時代より、はるかに後のことである。ところが、まったく同じ論理が、本稿を初めから終わりまで貫く主題となる。アメリカもまた、巨獣の故郷である。そして独立戦争のさなか、アメリカは巨獣の故郷でなければならなかった。アメリカは、とりわけ象の故郷である必要があったのだ。
18世紀初頭にシベリアで発掘されたマンモスの遺骸は、アメリカの未知の動物の正体を少しずつ明かしていった。植民地の知識人たちも、それが巨人の遺骨ではなく、同じく巨大で凶暴な四足の生き物の遺骸なのだと理解し始める。だが、人ではなく獣だという事実もまた、これまでの論理を裏づけることができた。いずれにせよ、アメリカの未知の動物は洪水の生き残りと思われたからだ。ウッドワード博士を筆頭とする人々の見解は、それによって揺らぐことはなかった。そして、この見解は間もなく、独立戦争のなかで試されることになる。
アメリカの未知の動物への理解が深まり、出土した顎骨が初期の博物学の議論のなかで分析されると、植民地の住民は、この動物を巨大で獰猛な肉食獣と見なすようになった。そうでなければ、これほどの動物が鋭い牙や爪をもつ理由を説明できなかった。この肉食獣が存在する、あるいは存在していたという事実は、アメリカが荒野であることを確かなものにした。同時に、この生き物を持つ十三植民地、のちのアメリカに、特別な性格を与えもした。アメリカが荒野に対して異論の余地のない主権をもつことを示す一方で、巨獣の存在を、アメリカという国家の存立に結びつけたのである。
なぜか。独立戦争の前後、アメリカ大陸は堕落した土地だという議論が、盛んに唱えられていたからだ。その背景には、比較生物学の手法が科学に導入されたことがあった。アメリカ大陸の生き物はどれも小さく、人間の精神まで卑しく劣っている、というのだ。体が小さいという点は、確かに新大陸の一部の生き物には当てはまった。旧大陸はその限られた例を全体へと押し広げ、新大陸に対する優越を正当化した。当時の百科全書も、新大陸の住民は病んだ土地で生きることを免れない、と述べている。こうした否定的な建国神話は、生まれたばかりの国家には耐えがたいものだった。しかしアメリカが、自らの歴史を欠いた国であることも確かだった。植民地である以上、古い聖堂も記念碑もない。古典教育を受けた建国者たちには、それが受け入れがたかっただけではない。その教育の背景にある人種的な優越意識によって、彼らは先住民を自分たちの歴史の一部に位置づけることもできなかった。
そこへちょうど、アメリカの未知の動物の骨を携えた博物学者が、会議が開かれていたフィラデルフィアを訪れ、新たな建国神話への扉を開いた。ジェファソンはたちまち象をめぐる話題に興味をもち、アメリカの未知の動物は象に似た四足の肉食動物だという説を受け入れた。獰猛で、巨大で、比類がない。のちにジェファソンが駐仏公使として赴任すると、アメリカの未知の動物もパリで一躍名を知られ、消しがたい足跡を残した。

その結果、アメリカは本当に「象の故郷」となった。そして、それを根拠に「旧世界」と「新世界」に優劣はないと主張した。これは植民地の独立、ひいてはアメリカの存立を正当化する根幹だった。神と自然と国家が、ここで交わる。クレイヴァラックの化石が存在する真の意味も、そこにある。これこそ大洪水の生き残り、帝国の礎なのである。新世界が旧世界に生まれつき劣るわけではない以上、旧世界に新世界を支配する権利が天から与えられているわけでもない。十三植民地、のちのアメリカは、化石をはじめとする、その論証の根拠を手にしていた。ここでもう一度、化石をめぐる議論に立ち返ろう。ノアが経験した洪水は荒野を生んだ――そしてこの荒野は、文化的な営みを通じて、アメリカのものとされたのである。
ジェファソンら建国の功労者を含め、博識なカルヴァン派の聖職者から啓蒙哲学者まで、議論を重ねた人々は、この動物の遺骸を前にして、おおよそ同じ結論に達した。自分たちこそ支配的な地位を占める人種であり、野蛮人に、そして何より野蛮な自然に、文明をもたらしたのだ、と。アメリカの未知の動物(American incognitum)の顎骨は、先史時代の自然の野蛮さを裏づけた。そして、彼ら自身の自然界への探究心、のちには帝国の野心ともなるものに結びついた。たとえ後年、アメリカの未知の動物が結局はマンモスの一亜種にすぎないと判明したとしても、この動物の物語がアメリカの建国神話として存在した意味は変わらない。そしてこの建国神話は、20世紀のアメリカがスクリーン上に「持つ」巨大な霊長類と、思いがけず重なり合うのである。
四、「生き返った!」――スクリーンによみがえる巨獣
先週上映された『キング・コング』は、少なくとも、われわれの国民性の一面を示してみせた。外国人がわれわれについて言うように、百階建ての摩天楼への熱中、神話や民間伝承の途方もないものへの愛着、自らの成し遂げたことへの誇り――この国民性は、ほかのどんな言葉を使っても言い表せない。……いまやわれわれは、文明化が行き過ぎた、それでいて文明化の足りない国民なのだ。
――ウィリアム・トロイ、1933年

『キング・コング』の登場は、突如とどろく雷のようだった。初上映から社会に一定の反響を呼び、観客は鉄とコンクリートのジャングル、つまり現実のニューヨークで、この「ジャングル映画」を観ようと押し寄せた。メリアン・クーパー。この傑出した監督は、『魔人ドラキュラ』などの映画を観ては考えをめぐらせ、途方もなく巨大な姿を、危険な巨大霊長類を、そして何より、一頭の巨獣を、自らのスクリーンに登場させようとした。それは前代未聞の文化的な創造だった。ドラキュラとその親戚や友人たちは恐ろしく、ポチョムキン号の水兵たちは情熱に沸き立っていた。だが、これらの映画ではまだ成し遂げられなかった表現があった。セットと模型を十分に活用して、過去の神話と呼応し、のちのアメリカの巨獣映画づくりを貫いていく存在を生み出すことだ。『キング・コング』でそうして生み出されたのが、髑髏島の霊長類、コングそのものだった。
なぜコングは、先輩の巨獣たちと同じ特徴をもっているのか。そして、霊長類の巨獣であるコングには、なぜ独自の性格があるのか。それを知るには、「ジャングル映画」という呼び名を解きほぐし、その要点をつかむ必要がある。1930年代、『キング・コング』はしばしば「恐怖映画」と見なされたが、当時広く流行していた旅行記録映画や探検映画と比較される作品でもあった。これら二つのジャンルの核心にあったのは、他の社会の文化や暮らしを記録する民族誌と、異郷の「他者」との接触である。その意味で、カメラは探検家の手にした銃の代わりだった。文化の作り手が探検家の隊列に加わり、かつて探検家たちが心血を注ぎ、犠牲を払って行った旅の記述を、安全で快適なオフィスや撮影所で仕上げたのだ。『キング・コング』もまた、こうした特徴に満ちた作品である。主要人物のカール・デナムが監督と探検家の二つの顔をもつという事実だけで、すべてを物語っている。コングを博物学的な見世物として展示したいと望み、同時にその姿を撮影して利益を得ようとする彼が、この論理を裏づけている。
だが、『キング・コング』は単なるジャングル探検映画でもなかった。異郷の眺めを見せるだけで、新しい要素を加えられない同種の映画は、しだいに表舞台から姿を消しつつあった。1932年には記者たちが、ああした動物ものの見世物はまもなく淘汰されるだろうと、失望をにじませて書いている。しかしクーパーは、その原型にいくつもの要素を巧みに組み合わせた。たとえば、英雄が美女を救う恋愛ものを加え、アン・ダロウとジャック・ドリスコルの恋を物語の主軸にすることで、探検ものとしての単調さを抑えた。多方面に訴えかける宣伝も、観客を引きつけた。そして映画を観た観客は、『キング・コング』そのものの基調を、じかに感じ取ることができた。カメラ/銃による冒険。撮影者であると同時に探検家でもある者たちが紡ぐ、多層的なテクストである。
コングは、まさにこうした複数の主題に応える生き物なのだ。監督カール・デナムは女優アン・ダロウを連れ、未知の土地へとやってくる。この物語の構図において、その目的は、未知の動物、未知の霊長類でもあるコングを相手に、女性を交換の対象とする取引を行うことにある。現地の先住民との接触は、実のところコングとの接触の予行演習である。先住民/コングには、女性を奪う侵略者の役が与えられる。だが、それを招いたのは、アン・ダロウを意図的におとりにしたカール・デナムだった。その後、コングはたちまち男性の探検者たちとの関わりに引き込まれる。そして冒険者たちの勇敢な行動の末、即座に博物学の犠牲となるのである。
なぜ犠牲なのか。コングが最終的に、異郷から来た生き物としてニューヨークで命を落とす、というだけではない。もう一点、指摘しておかなければならない。20世紀初頭、博物学は人間や動物を対象とするとき、しばしばかなり残酷な方法をとっていた。動物を保護するために、保護対象の動物を狩り、標本にすることがよく行われた。一方、人類学の研究は、この時代に植民地主義と交わり、数々の倫理的な難問を生み出していた。コングとの関わりは、動物との関わりであると同時に、人間との関わりでもある。人間と動物が重なり合った存在、巨大な霊長類は、ここで二重の危機にさらされる。そしてついには、命そのものを脅かされるのだ。
しかし、コングを本当に忘れがたい存在にした場面の舞台は、コングがそれまで一度も足を踏み入れたことのなかった土地、ニューヨークである。あるいは、ニューヨークこそ、コングが自らの物語を完成させる最後の舞台だと言おう。ここでコングは命の危機に直面するが、同時に、物語のなかでは素朴な進化論の論理に従い、野獣から霊長類へと歩みを進める。ニューヨークを暴れ回るコングの姿は、1930年代以降、しばしばボクサーの姿と重ねて読まれてきた。ボクサーもコングと同じく、人種、階級、民族をめぐる論争の焦点となったからだ。ニューヨークのコングは、野獣というより一人の闘士として、文明の築いた都市の施設を破壊していく。野獣の激しさは、ここではこの闘士を形容する言葉となる。列車を壊し、建物をよじ登るコングの行動は、無目的にも見える。しかしそれは、クーパーの用意した物語の論理に従っている。自らの滅びの舞台、エンパイア・ステート・ビルへと向かうのだ。同時に、この戦いの過程で、ニューヨークもまた下から上へと覆されていく。だからコングは、物語に従う者であるとともに、物語に背く者でもある。コングが大衆の神話となりえたのは、最期に、タイタンのように戦ったからだ――文字どおりにも、比喩としても。
そして、この大衆の神話を生み出したコングは、ついに自らの滅びを迎える。コングは最後の舞台にたどり着き、エンパイア・ステート・ビルの上で飛行機と戦う。クーパー版の『キング・コング』でさえ、このとき巨獣は、単なる野獣として存在しているのではない。最後にはアン・ダロウを下ろし、コングは飛行機とむなしく戦い続ける。注目したいのは、監督であるクーパーとシュードサック自身が、飛行機の操縦士と機銃手を演じ、先ほどのカメラ/銃の物語を完結させたことだ。現実の監督と作中の監督。監督が姿を現すのは、一度ではなく二度。物語が終わるのも、一度ではなく二度である。まずクーパーの発砲が、技術の力による巨獣の征服を成し遂げる。完璧な結末を迎える、不朽の叙事詩だ。そして作中の監督カール・デナムが、現場で死を惜しむそぶりを見せる。巨獣を悼むのか、それとも民族誌を紡ごうとした自らの試みの終わりを悼むのか。デナムはこう言う。「いや、飛行機ではない。美女が野獣を殺したのだ」(Oh, no, it wasn’t the airplanes. It was Beauty killed the Beast.)。1 アメリカの最新の技術力を見せつけたそのうえで、気取った身ぶりにも見えるデナムの宣言が、映画を古典たるテクストとして締めくくる。ロマンに満ちた民族誌への野心は、強烈な侵略性を伴う。認めることと、認めまいとすること。この二重の身ぶりが、アメリカの巨獣神話を形づくるのである。
スクリーンのコングは、虚構の密林から、虚構の鉄とコンクリートのジャングルへと歩んだ。コングを展示し、見物するなかで、アメリカの人々は自分たちの神話を手に入れた。それは、アメリカの未知の動物と同じ構造をもつ、知識を所有し、自らの歴史を掌握する神話である。この神話は巨獣から生まれ、巨獣によって育ち、そして最後には、巨獣へと帰っていく。
おわりに――巨獣、惧獣:「われわれ人類」(We the Human)の世界
人類はかつて獣を恐れた。人類はいまも獣を恐れているのだろうか。ここまでに取り上げたテクストから、少なくとも一つ、確かなことが言える。人類はいまも、獣の存在を必要としている。冒険家が戦利品を必要とし、学者が自らの著作を必要とするように、人類は、自分たちの地位を定め、確かなものとするために巨獣を必要としているのだ。だから巨獣は、今後もさまざまなメディアを通じて、「人類に必要とされる」という役割を果たし続けるだろう。言い換えれば、巨獣はすでに、人類によってつくられ、人類に仕える存在となっている。かつて帝国の建国神話だった巨獣は、いまでは人類が自分たちは何者なのかを確かめ、他者との違いを確かめるための拠り所になった。この論理は、第一節で考えた自然と人類の関係に通じている。人類は、自然を前に、自分たちを代表して語る力を手に入れた。それによって、それまでの認識とはまったく異なる仕方で、自然を変え、理解できるようになったのである。
ならば、アメリカの建国の父たちが『合衆国憲法』の前文で、「われわれ合衆国人民(We the People)は……われわれ自身と子孫が自由の恵みを享受できるように……」と述べたように、2 今日の合衆国の市民、さらには人類も、「われわれ人類」(We the Human)と名乗って、自然を前に自分たちを代表して語るべきであり、実際にそうしている。人類は自然を前にそう語り、自分たちと子孫が自由の恵みを享受することを願う。自然はそれに恵みを返す一方で、人類に問いを突きつけてきた。次々に迫る気候と自然生態系の危機を前に、人類もまた、自らの位置をしだいに悟るべきなのだ。「尋常ならざる生物」である巨獣にも、敵対する他者や、手元の財産とは異なる定義を与えるべきだろう。そしてそのとき、もはや人類の尺度だけで巨獣を定義してはならない。同じように、人類の世界、私たちが生きる自然も、人類の尺度だけで定義してはならないのである。
参考文献
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ウルズラ・K・ハイザ著、李貴蒼ほか訳『地方意识与星球意识:环境想象中的全球』(中国語版。題名訳:場所の意識と惑星の意識――環境的想像力における地球)。中国社会科学出版社、2015年。
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キャロリン・マーチャント著、呉国盛ほか訳『自然之死——妇女,生态和科学革命』(中国語版。題名訳:自然の死――女性、エコロジー、科学革命)。吉林人民出版社、1999年。
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ピーター・シンガー、トム・レーガン編、曾建平・代峰訳『动物权利与人类义务:Animal rights & human obligations』(中国語版。題名訳:動物の権利と人間の義務)。北京大学出版社、2010年。